いんちき自己紹介
自己紹介しようとすると、恥ずかしくなってしまって、いけません。
いくら自分の紹介をしてみたところで、「ふうん、こいつは自分のことをこんなふうに思っているのか、」と思われてしまうという馬鹿馬鹿しさが、自己紹介にはあります。
自己紹介を試みるときには、いつもいつも、つまらない自意識が顔を覗かせてきて、いつの間にやら、れいの下書きに葬り去られています。
とはいえ、悲しき哉、人生には自己紹介をしなければならないときも、あります。
そんな時に備えて、今日はちょっと、自己紹介の練習をしてみることにしましょう。
わたしは、
「わたしは、」と書き始めようとしたところで、さっそく手が止まります。
我ながら、陳腐な書き出しです。
太古の昔から今にかけて、「わたしは、」から始まった自己紹介がどれほどあったことでしょう。百万はくだらない気がします。オリジナリティの欠片もありません。
そう思って、また消しては、書き換えます。
「あ。」
間抜けな声をあげたのは、6月19日の0:52である。
気がつけば、24歳の誕生日を迎えていた。
ここでまた、手が止まります。
また嘘です。
嘘ばかりついています。
「気がつけば誕生日を迎えていた」なんて書くと、いかにも自分の誕生日には興味がない人のように感じられますが、全然、そんなことないのです。
毎年、自分から誕生日の話をしないわりには、人一倍、自分の誕生日を気にしていて、お祝いのLIINEの数に一喜一憂しています。
そんなわたしですから、日が変わってから52分間気づかなかったということは、ありえないことです。
嘘の自己紹介をしても仕方がありません。
これも、書き換えです。
2019年6月18日23時59分。
スマホを片手に、ひとり、薄暗い団地の一室で、ひっそり、誕生日が来るのを待ち構えていた。
お祝いのメッセージを確認するためである。
ひとり、24歳になった。
手が止まります。
これは、少し誇張があります。
うちはそんなに薄暗くはないですし、ひっそりとも、していません。むしろ父がQueenの曲を流しっぱなしにしているので、どちらかといえば、うるさいくらいです。
「ひとり、24歳になった」というのも、勿体つけすぎです。
わざわざ「ひとり」なんてつけて、自分だけが歳を取った気持ちになっています。
ひとはみな、ひとりで、歳を取っていきます。
これも、駄作ということにして、
また、最初からやりなおしです。
年齢ひとつ紹介するにも、回り道ばかりで、とても時間がかかります。
自分のことは、いくつになっても難しいものです。