図書館での出会い
買い物帰り、街中を運転中に、突然現れた煉瓦造りの
レトロな雰囲気漂う建物。
そこだけタイムスリップしてきたかのような異質な光景に目を奪われ、慌てて近くの駐車場に停めた。
誰かの古い住宅、それとも歴史博物館、
どちらにせよ勝手に入っていいのか、
いろんな不安が頭をかすめ、飛び込んでみる勇気は出ず
入り口にあった看板をネットで調べてみた。
『昭和49年に創設された小さな図書館』
全然知らなかった。
なんてわくわくする展開!!!
胸を高鳴らせて、煉瓦造りの門をくぐると
草木が青々と生い茂る庭の中に砂利道があり
その先に隠れるように建物の入り口が見えた。
こんなところにまさか図書館があるなんて思いもしなかった。
恐る恐る中に入ると、靴が数足。
奥の方から、楽しげな笑い声も聞こえる。
「おじゃまします〜」
蚊の鳴くような声でこそこそと入っていくと、
細く長い廊下が奥まで続いている。
廊下の途中には部屋がいくつもあり、
どれも広さはそこまでではないが、
天井まで届く本棚が所狭しと並んでいる部屋、
小さなテーブルと机で、ご婦人達がお茶会をしている部屋、
背の低い本棚が並んで、たくさんの絵本が飾られている部屋、
廊下の突き当たりのその部屋には、カウンターキッチンのようなものもあり、そこには白髪で眼鏡をかけた、
佇まいだけで優しいことが伝わってくるおじいさんがお茶をいれていた。
「いらっしゃい。初めてですか?」
「おじゃまします。はい、初めてです。」
「お時間ありますか?」
「はい。」
「よし、それじゃあこっちにいらっしゃい。」
おじいさんはそう言うと、廊下をぐんぐん進んでいき、
たくさんの本棚がならぶ部屋に案内してくれた。
そこには、『山田文庫の歴史』と書かれた年表と
創設者のご夫婦の顔写真、来歴が壁に貼られていた。
ここから約30分ほど、山田文庫が出来るまでの経緯を
たっぷり話してくれた。
要約すると、
資産家の娘さんのもとに婿養子に入った男の人がいて、
2人は本好きで、少し変わり者で、そしてたくさんの叶えたいことがあって、
そのひとつが、学校に本を寄贈することで、
その活動の一環として、会社を立ち上げた。
ご夫婦の邸宅を、今は図書館として使っていて、
今も本の寄贈や、子供たちの学習支援などの活動をしている。
「邸宅には、いまいる本館の他に、お茶室や蔵もあるんですよ。さぁさぁ、こちらです。」
おじいさんの流れるような図書館案内に身を任せ、
ついていくと、外に出るドアがあり、
そこを出て中庭へ向かうと、なんとも立派なお茶室が現れた。
「冷房も暖房もないからね、あんまり快適ではないんだけど。どうぞ中へ入ってください。」
「おじゃまします。」
中は、そこだけ時間が止まっているかのように静かで、壁も天井も床の間も、繊細で凝ったデザインで、
時代を超えてきた威厳を感じる部屋だった。
私が感動で言葉を失っていると、
「ほら、虫に刺されるから、スプレーつけて。あとほら、この窓から見えるもみじが秋には色づいて、本当に綺麗なんですよ。」
虫除けスプレーに少しむせながら、このお茶室で交わされたかもしれない会話に思いを馳せていると、
「さぁさぁ、つぎは2階だよ。」
そういって、本館の2階へ案内してくれた。
そこには、梁の見えた天井がある広い薄暗い部屋があり、1人の少年が、脇目も降らずにペンを動かしていた。
「彼は学生さんでね、ここでよく勉強しているんだよ。」
「そうなんですね。こんな素敵な場所で勉強できるのはとてもいいですね。」
「ありがとう。さぁさぁ、1階へ戻ろう」
もとの部屋に戻り、これで図書館案内は終了かな、と思っていたら、
「お茶とお菓子をどうぞ」
そういって、小柄なおばあさんが冷たい麦茶とキットカットを置いてくれた。
椅子に座ると、向かいにおじいさんが座り、
おじいさんがここに務めるまでの経緯や、子供たちへの思いをたっぷり話してくれた。
その話がなんとも面白くて、心に刺さる言葉ばかりで、
話の流れで、ぽろっと、いまの自分がやっていることを話したら、
「そうなんですね。そんなに素敵な夢、いや、現実があるんですね。そうかそうか。」
そう言っておじいさんは嬉しそうに笑い、
「不思議とね、この図書館にはそういう人が集まるんです。与えられたものをやってくんじゃなくて、自分でやりたいこと、勉強したいことを持っている人。さっきの2階の彼も、教師になりたくて3年前からここに来ています。塾に行く余裕はないから、自分で考えてここで勉強しているそうです。」
そう言って、今度はわたしの話を聴いてくれた。
そして、
「そこには本とコーヒーがあったら最高だね」と言い、「わたしもそう思います」と言うと、
「そこにはこうしてたくさんの人が集まると思います。そしてまた繋がっていくんですね。」
そう言って、
「長々と失礼いたしました。どうぞゆっくり本をみていってください。」
と部屋を出て行った。
その後も、わたしが本を選んでいると、
時々おじいさんは現れ、たくさんお話をして、
私の地元の図書館にいた、大好きだった司書さんと知り合いだということまで判明した。
訪れてから約2時間が経過し、閉館のチャイムがなった。
厳選した5冊を貸出口に持っていくと、
お茶をくれたおばあさんが
「一応、返却期限は2週間なんだけどね、全然気にしなくて大丈夫よ。読み終わったら返してくれればいいの。じっくり読んでくださいね。」
そう言って、暖かい手で本を渡してくれた。
帰り際、おじいさんにお礼を伝えると、
あんなにたくさん話したのに、
「ありがとうごさいました。」
と、たった一言だけ言い、笑顔で見送ってくれた。
帰り道、
偶然がこんな出会いを産んでくれるなんて、
なんてついてる日!
今日は久しぶりにお酒をちょっと飲もうかな。
おつまみは豚バラでなにか作ろう。
あのおじいさん、誰かに似ている、、
そうだ、耳をすませばの、地球屋のおじいさん!!
そんなことを考えて、ほくほくしながら家の玄関を開けた。