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『新版 失語症のリハビリテーション━全体構造法━基本編』序章、第一章・第Ⅰ節を読んで;「構造」の概念について語りたい
この本は失語症等への言語療法である全体構造法(JIST)についての理論と実践について書かれた理論書です。
はじめに
わたしはJISTを、ヴェルボトナル法(VT法)を成人の失語症領域で用いるために理論化された訓練法という印象がありましたが、この「基本編」を再読し、VT法だけではなく、その基礎的な理論において、とくにルリヤ(Luria)の神経心理学(系的力動的局在論)や、現象学的なリハビリテーションを失語症の言語療法へ理論化しようとする試みにみえて、その理論的背景を詳しく知りたい、そして理解したいと思いました。
著者・道関先生の記述は、前提する学問領域や基礎理論が広範に及ぶゆえに、初見では難解な部分が多いと感じます。わたし自身、現象学やVT法の知識が乏しかったということもあって、はじめて読んだときには「構造」も「構造化」も、その独創的な用法を読み取ることができませんでした。
道関先生が提示される「構造」は、わたしが理解しているよりも、もっと多義的で複雑な、そして人間存在を前提した概念であると思います。
どうしても単純化して理解してしまっているとは思いますが、自分がいまの段階で理解できたこと・考えたことを記していきたいと思います。
よろしくお願いします。
構造について
本書、序章において「構造」とは、
①ヴェルボトナル法およびルリヤの垂直的調整系における用語をそのまま借用
②構造主義で言語構造などと使われる構造のことではない
③「私たちが体験する知覚のあらゆる次元・階層でのまとまり方」を指す現象学の構造と同義
と説明されています。p8
それぞれを少し詳しくみていきます。
①の垂直的調整系について。ルリヤは「系的力動的局在論」とも言われる立場から、脳を3つの基本的機能単位系を区別し、それらの協調的働きを人間のあらゆる精神活動は必要としていて、その働きの脳機構を、皮質間での水平的機構と、皮質/皮質下構造の間での垂直的機構とで捉えられています。※¹
とくに垂直的機構の構造を重視していることからジャクソン(H.Jackson)の神経系の「進化の原則」をわたしは連想しました。そのことを踏まえ、ルリア的な垂直的調整系から借用された「構造」とは、多くの構成要素が複雑に関係し合って営まれる精神活動・言語活動が、神経系の階層性において作動しているありさま・かたちのことであると理解しました。
②の言語構造について。構造主義というと言語に関しては言語学者・ヤコブソン(Jakobson)を想起します。ヤコブソンとルリヤによる失語分類もあるため、構造主義言語学に対しての批判というより、次の頁を読むとチョムスキーの理論には依拠していないということが分かるため、おそらく(抽象的な)構造論的生成のモデル※²には基づかず、神経系・身体性・発達段階に関する別の理論を援用している、ということの宣言であると理解しました。
③については現象学のなかでもメルロ=ポンティにおける行動の「構造」を参考にしていると考えました。
メルロ=ポンティは❝行動においては“全体”が独自の特性をもつのであって、そこでは状況と反応とのあいだに“意味”の関係が設定されて❞おり、❝この意味の関係、あるいはこうした状況のゲシュタルト的特性❞を「構造」と捉えています。※³
まとめてみますと、「構造」とは、a)神経心理学的な階層性とそのなかの構成要素の関係し合う複雑な機能系をモチーフとしつつ、b)それは構造論的な生成モデルによる構造とは似て非なるものであり、c)ゲシュタルト的特性を持った行動・行為による生体の全体的な働きを作り出す、ということだと考えました。
構造化とは
❝大脳皮質の中の自己受容感覚という変数と、さまざまな顕在の感覚変数からつくられる関数のこと❞を指し、また人間は❝知覚を諸関係の関係に構造化できる❞存在であり、❝身体は、単なる感覚受容体ではなく、構造化の支点❞であるとしています。
失語症の療法としては、この従属変数としての「構造化」が促進されるように、独立変数たる自己受容感覚と、様々に生じる感覚とを適切に設定する必要があるからこそ、患者さん・利用者さんの現在の構造段階を把握する評価が求められると考えました。
道関先生はまた❝新たな階層の生成が構造化❞でもあると書かれているため、構造化されたものは今度は次の段階の要素として、自己受容感覚や身体図式として、新たな構造化のための独立変数として組み込まれるとも考えられます。
新たな階層(構造)の獲得とは言っても、言語の獲得段階などのような、発達的に明確な変化だけを指すのではなくて、大人になってから身につけたり気づいたりすること、語彙を増やすこと、新規の状況下で陳述することなども含まれているように思われます。この意味で構造化のプロセスはベイトソン(Bateson)の学習、とくに「学習Ⅱ」※⁴の作動に近似しているようにも思えます。
脳損傷による言語障害(失語症)に対して、言語の構造化能力の喪失ではなく、❝脳で構造化された言語体系が損なわれた症候である❞と捉えて、構造化能力は失われていないからこそ、脳に今までとはべつのかたちで、あるいは現在可能な段階において、言語の再獲得・再学習としての「再構造化」を図ること。これは《全体構造法》における失語症の回復過程の仮説を提示・明示しており、独創的であると思いました。
おわりに
『新版 失語症のリハビリテーション━全体構造法━基本編』における「構造」の定義、用語における理論的背景について、自分が現時点で理解したこと・できたことを書いてみました。
自分はこの「構造」概念にこめられた、現象学(メルロ=ポンティ)や現象学的心理学の視点が、狭義の言語療法としてだけではない、失語症臨床の全体に重要なものであると思いました。
また、それらを失語症への言語療法の基礎理論に組み込まれたことが、道関先生の理論家・臨床家としての不世出の能力を感じました。
新人の頃に初級講習会に参加させていただいたことがあるのですが、あの頃に「JISTを学びたい人へ」の参考図書をちゃんと勉強していたら、道関先生に、全体構造法を理論化したときの思考や編集の発想について質問することができたのにな…とも思ったりします。
本書の序章に❝…本書の内容に対しても、どしどし科学的な意見や批判を加えていっていただきたいと願っています❞との一文があります。それを読んで、道関先生自らが構造化を実践されていると感じました。
わたしは、この「構造」の概念を理解することもまた言語聴覚士としての自分における構造化であり、実践し続けることで、言語療法の提供において新たな構造へと至りうると信じて、行動していかないといけないと思いました。
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※¹:失語症の基礎と臨床「Luriaの失語理論」p229
※²:探究Ⅰ(柄谷行人著)より❝…「教える-学ぶ」レベルがもたらす重大な問題を捨象することによって、構造論的生成のモデルを抽象的に組み立てうるのである。❞
※³:メルロ=ポンティ━可逆性━(鷲田清一著)
※⁴:文脈病(斎藤環著)より❝…「学習Ⅱ」はまた、さまざまなカテゴリカルな判断に関する学習でもある。例えばわれわれは、大きさも形も実にまちまちな動物を指して、ひとまとめに「イヌ」と呼ぶことができる。これはイヌという種の連続性が「コンテクスト」として学習されているからだ。❞