わけもなく憂鬱。これはいつから続いてるのだろう。 大学院入試のための勉強が終わった。勉強にがむしゃらに打ち込むことが、先の見えない不安を紛らわすための唯一の助けだった。結果がどう転ぼうとも、これだけ頑張れば悔いは残らないだろうと、自分を追い込んだ。それで結果ははっきり言って大成功。だというのに、それから3週間経ってみたら、心のもやみたいなものがやっぱり纏わりついてくるのに、どうしても気づかされる。 幸せなことに、僕の大学生活はかなり恵まれたものだったと思う。遊びまくって
湿りっ気のない照葉樹林を縫ってまっすぐ伸びたアスファルト。欧米人を乗せたトゥクトゥクに追い越されながら、背中に汗を滲ませママチャリを漕ぐ。向かうは水の古都アンコール=ワットだ。 アンコール遺跡群はかなり広く、自転車では丸一日かけても見切れないほどだ。世界遺産の文字に古今東西から引き寄せられた観光客が、だだっ広い遺跡群に散らばっている。 かくいう私もその一人なのだが、一方で少し違った期待に胸を膨らませてた。酔狂の旅に出たはずが、現代文明の引いた道を尺取り虫のようにな
十数年前の那覇の街。こぢんまりとした店で、おばーが朝早くからせっせとサーターアンダギーを揚げていた。アツアツの油に浮かぶアンダギーを皺くちゃの素手でつついたりすくい上げたりするのが、幼い僕には魔法のように見えた。 サーターアンダギーは"首里の方言"で「サーター(砂糖)」+「アンダ(油)」+「アギー(揚げ)」から来ている。揚げるという調理法が古代エジプトに確認されていることを思えば(あるいは他に起源があるかもしれない)、文物の連綿とした伝播と変化のなかに、沖縄も組み込まれ
LGBTQが「自然に反する」だとか「気持ちわるい」だとかいう言説をちらほら見かける。馴染みのない異質な、しかも性別の境界を揺るがすような他者への素直な拒絶反応だと言ってしまえばそれまでだが、これは個別の問題ではなく、より普遍的な問題と地続きになっている。こうした言説が現れるメカニズムを、「べき」論に"執着"せず冷静に解きほぐしたい。 生物学は科学の一分野である。そして科学は有限な人間による世界の理解である。まずそこからスタートしよう。 「我思う、故に我在り」。私の精
三木建『西表炭鉱史』の一節から引用した。西表島は2021年7月26日、世界自然遺産に登録され、ユネスコの権威のもと保護されることになった。 八重山地方の西表島は、東西に約30km・南北に約20kmと、琉球列島のなかで沖縄本島に次ぐ面積を持つ、唯一の採炭地である。明治中頃から1960年代までの時代背景に規定された、日本本土とアジア地域(琉球列島・台湾・朝鮮)との関係を、この南の島は象徴的に物語ってくれる。 ・「遺す」ということの政治性 国家が駆け引きを繰り広げるユネス
「西表炭鉱史」「シェムリアップ滞在記」「マヤ ユカタン紀行」 連載で書きます(スローペース)! 乞うご期待!!
旅だなんだと息巻いてインドシナまで来たというのに、けっきょく資料館やらを訪ねては、全く頭に入らない英語の説明を流し読み、写真を撮り、というお決まりの習慣ができてしまったことに、僕は嫌気がさしはじめていた。行き先も宿もインターネットで調べ、そこまでの道を蟻ん子のようになぞる毎日。 酔狂の旅にでたはずが、酔狂さを身につける術もセンスも持たない僕は、慢性の緩い退屈に溺れていた。ほとんど諦めの境地である。「あーあ、帰ったら何しよう」。 ・ある路上で マラッカ海峡に流れ込む
沖縄本島近くの島で、ノロの家系に生まれたオバーと会った。70代の彼女の語りには、沖縄という土地が背負わされてきた/背負ってきた歴史が刻まれている。 ・オバーとウチナーのこれまで オバーは語る。「差別はあったよ。川崎の鶴見で部屋を借りようとしたら、琉球人はお断りって言われた」。「小学校3年のときにね、友だちの○○さんがコザに転校したの。フランス人形みたいな子だったよ。それが従兄弟と3人で歩いてるときに米兵の車に轢かれたの。それで即死、3人とも。米兵は国に逃げて、もう無罪
歩道を埋め尽くす黄色い花たち。ホーチミンはいま、テトの目前だ。ちらりと見える民家のなかから若者でごった返す大通りまで、浮き足だった空気がたちこめている。 2023年の1月17日、成田空港からベトナム南部のホーチミンへ飛んだ。第二ターミナル国際線出発フロアでチェックインカウンターを見つけ、行列をうしろにたどっていくと、それは窓口の前で四回折れて、さらに窓口の裏側まで伸びていた。最後尾に並び始めたら、前のベトナム人に「日本人?」と話しかけられる。彼は十三年も日本に住んでおり
年末年始。友人らとつながつるInstagramのストーリーが、ゆく年への感謝と、くる年への希望に染め上げられる。どれも明るい投稿ばかり。 彼らと少なくない時間を共に過ごした僕も、本来ならこのうちの一人に数えられたのだろう。だけど、後期から休学して一人の時間が長くなると、かえって心は社会とかの大きな事柄へと向かっていく。 2022年は、決して明るい年ではなかった。どこへ向かって行くのかわからない不安が、自分ごととは違う層で、だけど確実に自分と重なりながら、不気味に膨れ