拘束と空

梅雨の時期の奇跡的な晴れ。
そんな日に私達はアイスを頬張り、歩いていた。
青春かよ。とツッコミをいれそうになるがお互いに立派な二十代の後半。
良い音を鳴らしながらアイスを食べる隣の幼馴染みに視線を向ける。
私よりも白いのでは?と思える肌に整った顔。学生の頃、それはそれは大きなファンクラブもあった。
なんならそのファンクラブの子達に絡まれたりしたのは良い思い出。
「なんで急に呼び出したの?」
一向に口を開こうとしない幼馴染みにしびれ切らし、問いを投げかけると彼はシャクリ、とアイスを食べ終えて私を見た。
陽の光を受けて水晶のように煌めく瞳が昔から好きだと伝えたことはあっただろうか。なんて馬鹿げた事を思っていると彼は長めの沈黙を破って口を開いた。
「結婚、するんだ。」
顔を歪ませるという事は彼自身の意思が無いのだと理解した。
「結婚。それは、また。急だね。付き合ってた人、居たっけ。」
何故か呂律が上手く回らない口を必死に動かして喋る。
「お見合い、というか。爺さんの昔馴染みの所のお嬢さんと結婚。なんか、縁を深くしよう。みたいな。」
彼は次男だからそんな事すっかり忘れていたが、彼のおじいちゃんは大きな会社の会長だった事を思い出す。
「なんと、まぁ。近年には珍しいと言うか。」
なんて言ったらいいのか分からなくてアイスを一口食べる。
さっきまで冷たかったはずのアイスはもう味も何も分からなくなっていてそのままの勢いで全て飲み込んだ。
「まぁ、次男坊だし。あっちが一人娘さんらしくて、婿入りするには俺が最適だったってだけじゃないかな。」
「歳は?幾つの人なの。」
「俺たちより二つ下だってよ。高校同じだったらしいぞ。」
「え、その時から面識あった?」
「ないよ。全然ない。あーでも、ファンクラブには所属してたって言ってたっけな。お見合いの時の記憶、あんまなくてさ。」
ガシガシと髪の毛を崩すのは彼の嫌なことがあった時にする癖。
いつもはセットした髪を崩さないように気を付けているのだから。強く感情が揺れているのが見て取れた。
「式はいつ?」
「今月の下旬。」
「あと一ヶ月もないよ?早くない?」
「ジューンブライドに強い憧れがあるとか、なんとか。だからどうしても六月が良いって言ってたよ。」
「他人事みたいに言うなぁ。本人でしょ。」
「本人だけど本人じゃねぇって。式の段取りとか全部向こう側が決めるし、俺はお前を呼ぶくらいだろうし。あー、でも爺さんの知り合いとかは来るだろうな。」
堅苦しい事が苦手な彼はおじいちゃんに苦手意識を持っていた。
そこの、繋がりのお嬢さんとね。
なんて私は本当の本当に他人事なので矛盾を感じつつ、暑い日差しを受ける。
横断歩道の信号機がチカチカと青から赤に点滅するのを見て静止する。
「なぁ。」
「ん?」
急に呼ばれて振り向くと彼は瞳に雫を滲ませ、憂鬱だと言わんばかりの顔を作って静かに、近付いて私の肩におでこを置く。
その動作を眺めていると小指を小指で絡め取られ、
「お前が、運命の人だったら良かったのにな。」
その言葉に息を吸うと夕立の前のような、湿った匂いがした。

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