久遠
Sano ibukiさんの「久遠」という曲を自己解釈し、小説にした物になります。
ドラマ、ワンルームエンジェルやご本人のMVとは極力、重ならないように作りました。
ご理解の程、よろしくお願いします。
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「ねぇ、こういう席苦手?」
合コンの数合わせ。
その同じ場所にいた初対面の男にそう聞かれ苦笑いをしながら頷く。
「良かったー。僕も苦手でさ。勝手に抜け出して二軒目いかない?」
いかにもノーマルの男。
爽やかで高身長で眼鏡でイケメン。
俺のどストライクのタイプ。
狙うわけじゃないけど呑むくらいなら罪にはならないだろうとOKする。
男共に事情を説明して一万円ずつ渡すと「ライバルが減るのはありがたい。イケメン共は帰れ。」と言われ笑って店を出た。
「ソフトドリンクメインの店でいい?さっきあんま酒呑んでなかったし。」
「見てたの?」
「いや、クール系のイケメンがいるなーと思って目に付いたんだよ。酒好きじゃない?」
「あんま。そっちは?」
「僕も。なんか気が合うね。あ、この店良さそ。行こ。」
連れられ居酒屋に行き、お互いの話をする。
年齢は一緒。会社員で土日は固定休み。
家族構成は父、母、姉。
趣味は特になし。
と俺と違うのは姉がいるかいないかぐらいだった。
そこから仲良くなるのにあまり時間はかからなくて土日どっちか遊びに出たり、旅行に行ったりと短時間でそこまで?と共通の友人に言われるくらい。
同性愛者だとバレないように自然に振舞っていた。
つもりだったのにその時は突然やってきた。
「ねぇ、もしかして同性愛者だったりする?」
「え?」
俺の家でお互いに読書をしていた途中、突然に言われた。
「僕に言われるのもあれだろうけど、女っ気全くないから。」
「あ、え、いや。」
今まで何度も言われてきた言葉なのに咄嗟に言葉が出てこない。
言葉に困っていると彼は出会った時のように苦笑いをした。
「僕、姉さんが同性愛者なの。今は彼女さんと暮らしてる。だから、偏見とかそういうのはないよ。」
と、言われ頷いてしまった。
「そっか。そうだったんだ。」
「いつ頃から気付いてたの?」
「割と最初からかな。僕と仲良い割には不自然に避けるときあったし。男の人ってさ女の人を見る時に無意識に下心が入った目をするんだけど君にはそれが一切なかったから。だから、もしかしてと思って。」
見抜かれていた事に驚き落胆していると彼は飲んでいたコーヒーを置いて俺を真っ直ぐに見つめてきた。
「僕のこと、好きでしょ。」
「へあ?」
「へあって、何それ。」
「いや、だって、その、変なこと言うから。」
「変?僕は君のことが好きなのに?」
「好きっ?!」
「うん。僕、女の子が好きだと思ってたのに君と出会ってから頭の中君のことでいっぱいなんだ。これって好きって事だよね?」
「分かんない、けど。」
「僕のこと好き?」
満面の笑みで聞いてくる彼に小さく頷くと強く抱きしめられた。
「良かった。両想いだ。」
この世の幸福を全て集めたみたいに笑って強く強く抱きしめられる。
ぎこちないながらも付き合いはじめてしばらく経った頃に両親に紹介したいと彼の実家に呼ばれた。
最初は拒否をした。
お姉さんが同性愛者だとしても彼までも男と付き合っていると知ったら普通の親御さんだったら怒る。そう思ったからだ。
それでも強く言われるからしぶしぶOKした。
「この人が、僕の大事な人。」
その言葉にご両親は怒り出した。
「なんで、なんであんたも!」
「お前はこの家の長男だってこと分かってるのか!」
「好きになった人が同性だっただけでしょ。二人の価値観を落ち着けないでよ。」
「世間になんて言われるか!」
「やめなよ。怒ったって変わらないでしょ。」
ご両親が怒鳴る中、現れたのは綺麗な女の人。
「初めまして、こいつの姉です。母さんも父さんも私に言ってた事と全く一緒。価値観押し付けて従わせようとするのやめた方がいいよ。」
「なんであんたがここに居るの。」
「弟にお願いされたら来ないわけないでしょ。」
お姉さんは俺らの背中を叩いて立ち上がらせ家を出るようにさとした。
ご両親は未だに怒っているがお姉さんは「気にしないで。」と笑っていた。
「こいつが両親にきちんと紹介するなんて初めてなんだよね。」
「やめてよ姉さん。」
「嬉しいのよ。あんたにも大切な人が出来たんだって分かったんだから。」
「当たり前でしょ。この人と一生一緒に生きていきたいと思ったんだから。」
「え?」
「…ホントは二人っきりの時に言いたかったんだけど。それはそれで恥ずかしくて。でも本気だから。」
俺の手を取って見つめて笑う彼の手を強く握り返す。
「私はお邪魔かな。また連絡よこしなさいよ。今度は私の可愛い彼女も連れてくるから。」
お姉さんと別れて二人で帰路に着く。
静かに二人で歩いて俺の家の近くに着いた時、彼は俺の方へと振り返った。
「僕、さっき言ったこと本気だからね。本当に、君と一生一緒に生きていきたい。それだけちゃんと伝えたくて。じゃあ、また。」
恥ずかしそうに去っていった背中を見えなくなるまで見つめる。
部屋に戻ってその言葉を心の中でかみ締める。
嬉しかった。幼い頃から同性を好きになる自分。
一生を一緒に生きれる人なんてできないと思っていた。
「……指輪。」
興奮のまま、家を飛び出してアクセサリー店へ行く。
頭をフル回転させて二人の指輪のサイズを伝えてペアリングを買う。
そして家に帰ってから後悔をする。
「受け取って貰えるのか…?」
並んだリングを見て頬杖をつく。
「後悔したって仕方ない、かぁ。」
携帯をとって次の会う約束を取る。
当日、彼とショッピングをして映画を観て夜景が綺麗な場所に移動していた。
リングを渡す決意をしたこと以外特に何もない日だった。
俺たちにトラックが突っ込んで来るまでは。
その次、目を覚ましたのは病院だった。
点滴やら沢山つけられている腕。両親は泣きながら良かったと言っている。
そんな事より彼の安否が気になった。
「あいつは。」
その言葉に両親は気まずそうな顔をした。
「私から説明しますよ。」
なかなか口を開かない両親を庇うように彼のお姉さんが病室に入ってきた。
両親はそれを見て席を外していった。
「お姉さん、あいつは。」
「落ち着いて聞いて、あいつは、事故で脳死状態になったの。そして、君は心臓移植をしないと危ない状況になった。」
「もしかして。」
「そう、私達は君にあいつの心臓を移植すると決めた。今、君の中で動いているのはあいつの心臓。」
「でも、あいつは。」
「……うん。脳死状態だったから。」
お姉さんは静かに俯く。
「あいつが、もう居ない……?」
なんで、と口にする前に視界が歪む。
暖かい水玉が無意味に頬を濡らしていく。
「どうして、なんで…!なんで俺なんかを!」
そう叫ぶとお姉さんは悔しそうに顔をした。
「あいつが、君を愛していたから。君を守りたいと言ったから。私に出来る最善を選んだ。」
その言葉に嗚咽が止まらなくなる。流れる涙は止まることを知らない。
あぁ、確かにそうだ。彼は言っていたじゃないか。
君と一生一緒に生きていきたい、と。
その言葉を頼りに俺はここまでこれたんだ。
彼が俺を愛してくれていたから、俺も彼を愛することができた。
彼が生きていたからこの目に映したすべてを愛せることが出来た。
彼がいないのに彼のためにも生きたいと思っていた自分がいた。彼に会うために生きていたいと願っている俺がいる。
会いたい、会いたい。
でも、もう居ないんだ。
「……ごめん。ごめん。」
お姉さんは俺の隣で俺の背中をさすり続けてくれた。
その後、入院が長引いた俺は彼の葬儀に出ることは出来なかった。
退院後、お墓参りのためにお寺に来ていた。
あの優しくて暖かった彼は今はもう石になってしまった。
それでも、後悔を選んだこの道の先に彼がいると思うのなら生きていける。
終わらないこの音が、彼と生きていると思えるから。
静かにお墓に口付けをする。
「……また、俺の名前を呼んで。」