研究書評 2022年度_Vol.2



日本学術会議 社会学委員会 社会変動と若者問題分科会(2017)提言「若者支援政策の拡充に向けて」

〈選択理由〉
 今回取りあげる提言では、社会の維持存続にとって喫緊の課題とされる若者支援政策について、これを検討する上で5つの軸(セーフティネット、教育・人材育成、雇用・労働、ジェンダー、地域・地方)が設定されている。そして、これらに関する問題状況の検討を踏まえた上で、政府・地方自治体等に向けて具体的な諸施策を提起するものとなっている。5つの軸のうち、今回は「地域・地方」の話題に焦点を当て、地域のかかえる若者支援の現状と問題点、及び提言について知見を得ることを目的として本文献を取りあげる。

〈内容〉
 少子高齢化により日本全体の人口が減少する中で、地方圏の一層の人口減と東京一極集中はさらに加速しており、人口の自然減と社会減の二重の問題が地域の存亡にかかわる問題となっている。こうした問題に対して講じられている包括的な施策について危惧される点として、➀地域に生きる若者の現実に即した支援の弱さ、②「地域おこし協力隊」の制度的不備、③地方自治体及びその内部の企業等の婚活支援策がはらむ危険の3つを指摘する。
 ➀について、複雑な課題をかかえた若者たちやその家族は地域の中で孤立しがちであるが、窓口に行き申請しなければサービスを受けることのできない福祉の仕組みの中では、こうした人々は地域の中で不可視化されやすく、サービスにつながりにくいとされている。また、彼らの困難は就労、医療、福祉、法律、教育など様々な領域での問題が絡み合い生じていることが多いが、これらの制度は「縦割り」であり、包括的な相談と支援の提供が困難な状況であった。こうした課題に対しては、「NPO 等が地域の若者の個別的かつ包括的な支援に当たることができる仕組みの整備・強化」及び「生活困窮関連情報を扱う部局と包括的な支援を行う部局との庁内連携の仕組みの整備」が求められる。
 ②について、地域おこし協力隊では、地域での受入れ・協力体制の不十分さ、任務の曖昧さ、任期満了後の進路の不安定さ、活動中の事務手続の煩雑さなどの問題点が、経験者の中から指摘されている。また、地域外の人材を対象としており地域内出身で地域貢献や活性化を希望する者が対象とされていない。こうした現状を受けて、「地域内外の若者が共同で地域活性化に取り組むことの承認と奨励」「地方自治体内の委員会等の様々なポストにおける男女同数を基本方針とすること」「地域を超えた若者の交流を図るために、短期・長期の国内留学制度を拡大・拡充すること」が求められる。
 ③について、地域内での結婚・出産の増加を目的として開催される地方自治体主催の婚活イベントなどが近年増加しているが、その成果の把握が困難かつ有効性に疑問があることから、企業に力点が移されたものの、取り組み次第でのハラスメントの危険性が指摘された。そうした現状を受け、「結婚を目的とした働きかけではなく、自然で継続的な若者間の交流の場の拡充と、住宅、保育・教育、医療などの現物支援を通じて、多様な形態での家族形成
が可能な環境を整備すること」が求められる。

〈総評〉
 今回は、若者支援について「地域・地方」の現状から、問題解決に向けて取り組むべき方策について3つの観点からみてきた。③については、自身の研究からやや逸脱する内容であるため保留するが、➀・②については、困難を抱える若者(とその家族)の現状と彼らに対して支援を提供する側の抱える問題点が指摘され、明らかになった。また、以前より指摘されていた若者の孤立の自助の限界、及び共助・公助の必要性について、支援サービスへのアクセスの難しさや現行諸制度の煩雑さから確認できた。本文献で提起された方策の案も共助・公助のシステムを構築・強化させるものが多く感じたが、それぞれの実現可能性については実施に必要な財源についても考慮した上で熟考する必要があるだろう。

石川衣紀・田部絢子・髙橋智(2021)「スウェーデンにおける子ども・若者の『不登校・ひきこもり』問題と当事者中心の支援」長崎大学教育学部紀要 教育科学 第 85 号,p95-106

〈選択理由〉
 若者の社会的孤立に対する支援策として日本国内における事例をいくつかみてきたが、比較材料として海外における問題の実態と支援策の例についての知見を得るために本論文を選択する。ここでは、スウェーデンにおける不登校・ひきこもりの子ども・若者支援についての調査を通して、当事者を中心とした支援方法のあり方について検討されている。

〈内容〉
●スウェーデンにおける不登校・ひきこもりの若者の状況
 スウェーデン学校監督庁の報告では、基礎学校(日本でいう小学校と中学校の 9 年間)の児童について、断続的な欠席の割合は年々増加傾向にあり、特に日本の中学校に相当する 7~9 年生ではその割合さらに高まっている。人数は都市部の方が多いが、人数比や増加率は地方の方が高まってきていることは注目すべき事項である。
 不登校・ひきこもり問題と関連して「UVAS:仕事も勉強もしない若者」という用語が使用されているが、OECD(2016)の報告によると、スウェーデンの UVAS の割合は 15~19 歳(3%)よりも 20~24 歳(9.4%)の方が高いと推定されている。UVAS の中でも、本人の教育水準が低い、親の教育水準が低い、外国生まれ・女性の若者は長期のニートになる可能性が高いとされている。

●スウェーデンにおける不登校・ひきこもりの若者支援プロジェクト「Finsam」
 スウェーデンでは、2004 年に「リハビリテーション分野の財政的統合に関する法」が施行され、同法により、基礎自治体、広域自治体、雇用サービス庁、社会保険庁が、福祉とリハビリテーションの分野で財政的に統合・協働することが可能になった。このシステムを「Finsam」と呼び、医療・精神・社会・就労の面において困難を抱える人々への早期支援により、長期求職や失業を防止することが主な目的である。現在、スウェーデンの 290 の基礎自治体のうち 260 が Finsam を組織している。
 しかし、基礎自治体によって支援内容に差が生じている現状がある。こうした中で民間企業による支援ニーズも高まっており、その一つに「マゲルンゲン社」がある。同社は、心理・社会的困難を抱える子ども・若者とその家族への心理的治療・ケア事業、及び特別学校事業の 2 つの事業を展開している。ここでの支援は全て自治体からの依頼を受けて行っており、営利を追求せずにサービスを提供している。
 スウェーデンでは不登校・ひきこもりの子ども・若者のうち 3 分の 1 は怠学とされ、残る 3分の 2 が精神疾患等の困難を抱えたケースとされている。マゲルンゲン社では後者を支援の対象としている。対象の半数は、1 年以上不登校を続けていても誰かに話を聞いてもらいたいと思っている場合が大半であるとされている。彼らに対する支援プロセスは、アセスメントや面談で本人の悩みや不安、ストレスを明らかにし、コーチングの手法を用いてアドバイスしながら不安やストレスを解消し、対象が自身の精神状態をコントロールできるよう支援している。

〈総評〉
 財政協働システム Finsam は、福祉国家・大きな政府のスウェーデンだからこそ実現可能であり、公助・共助が必要とされている若者支援において、特に公助の面で日本に比べて進展している現状がうかがえた。しかし、充実した公助の支援システムの中でも、地域間の差などの課題は出ており、それを補完し支援を増強するための役割として地域からの依頼を受ける形で民間企業による支援が展開されており、今後、更なる発展が期待されている。
 公助による支援の整備が不十分とされる日本にとって、スウェーデンにおける若者支援の取り組み例がどれほど適用可能かどうかは、日本政府の現状や財政システムをスウェーデン国家との違いを踏まえた上で考える必要があるだろう。一方、民間企業による若者支援事業の可能性については、これまでの研究でみてきた NPO の取り組みに重なる点が見られる。今後、さらに比較材料となる海外事例の考察を重ね、日本の若者のひきこもりに対する支援策の検討を地域の居場所づくりの観点から進めていきたい。

高橋保(2011)「若者の貧困化と雇用・政策保障」『創価法学』40(3),p1-22

〈論文選択理由〉
ここでは、日本の雇用制度が貧困化を招いている(雇用制度→貧困化)という仮説をもとに、検証のための糸口を得ることを目的とする。

〈要約〉
●若者の生活状況
・1990年代半ば以降急速に増加したフリーターだけでなく、若者の労働者にも貧困状況が生じている。若者=ワーキング・プアー/働く貧困層である。
・若者の貧困化の長期化・社会経済的な固定化により、若者は固定的な貧困階層を形成し、生きることに対する不安や狼狽、うつ病などの精神病といった悪影響を被っている。
●若者の貧困化の背景
・若者をはじめとする労働者に深刻な貧困化をもたらしたのは、1990年初頭から始まるバブル経済の崩壊である。これまでの高度経済成長の急速な発展を覆したバブル崩壊は、経済の長期的な低迷、不況化をもたらした。
・経済状況の悪化の下で、日本企業に余儀なくされたのが「リストラ」である。これにより、企業の縮小・合併・企業分割・営業譲渡、また、人件費の抑制、人員削減が断行されていった。リストラは、企業の延命措置であった一方で、多数の労働者の貧困を生み出した。
・上記「経済の変動」と「経営政策の転換」が、若者たちを貧困化にある背景として最重要の2点である。
●雇用政策の変容
・経済状況の長期的な悪化の下で、企業はリストラに加え、「雇用政策の変容」を断行した。経団連(1995年5月)の提言では、21世紀の雇用の戦略的方向として➀長期蓄積能力活用型、②高度専門能力型、③雇用柔軟型の3つに分化した雇用形態を示した。これは、正社員中心・長期(終身)雇用・年功賃金を支柱とした日本型雇用政策に対峙するものである。
・上記②③は、業務の必要に応じた非正規雇用を提示したものであった。結果として増加した非正規社員は、契約期間満了後に企業から放逐され、再就職も困難となり貧困化が進んだ。
・経団連の提言の更なる具体化として示された「雇用の流動化の促進」は、ⅰ人員削減・人件費抑制の推進とⅱ経営の効率化を図っている。ⅰについては、新卒生の採用抑制・解雇・早期退職制度・退職勧奨・強制退職といった方法が取られている。ⅱについては、アウトソーシング(外部業務委託)が推進されている。しかし、その対象労働者の多くが非正規社員や短期雇用者であり、貧困化をもたらすこととなる。
●若者の意識の変化
・若者の意識の変化が、貧困化を促す要因となっている。具体的には、「自由・気ままな生き方を好む」、「自己本位的な職業観を持つ」若者が近年増加しているということだ。彼らは就職後、仕事に対する適正や好奇心に対してネガティブなイメージを持つと、すぐに辞職し、その後も同様に就職と辞職を繰り返す傾向にある。また、学卒就職者の3年以内の早期離職が増加している。結果として、非正規社員となることで貧困化が進む。
・こうした傾向を持つ若者の多くは親世帯への経済的依存心が強い。

〈総括〉
・若者の貧困と雇用の関係性については仮説通り、雇用制度の変化により貧困化が生じているという「雇用→貧困」の形で考えていくことが望ましいと考える
・若者の意識の変化については、そうした変化が生まれた背景・要因についても探る必要がある。また、統計資料などを用いながら、数値的な観点から意識の変化の実態をさらに詳しく調べていく必要がある。
・「非正規社員=貧困」と本当に断定して良いのか。注意深く検討する必要ある。

長沢孝司(2017)「現代の若者労働―人間発達の観点から―」
『日本福祉大学研究紀要―現代と文化』136号,p15-41

〈論文選択理由〉
現代の若者の労働に対する意識と実態についての知見を得るために本論文を選択した。

〈要約〉
●生活・仕事意識の現在
・正規・非正規労働者間の格差、正規労働者の中での階層分化、長時間労働による疾病増大、過労自殺、収入の低下傾向など、若者の貧困化の現実は明らかである、一方で、若者の生活満足度は、2000年代に入って以降高まっている。しかしながら、この満足は「積極的(肯定的)」満足ではなく、他に選択肢がなく満足するしかないという意味の「消極的」満足を指している。
・内閣府が5年ごとに実施する『世界青年意識調査(2013)』の結果からは、他の先進国に比べ、日本の若者の将来社会像が暗いこと、自分自身に対する満足度が低いことが明らかとなっている。
・若者が望む仕事像には、安定的な雇用と賃金が重要項目として挙げられる。自国の社会に対する将来不安および雇用や賃金についての将来不安が、若者の終身雇用・年功序列といった日本型雇用の支持に繋がっている。(参考:内閣府『平成27年国民生活に関する世論調査』)
・かつて1980 年代以降、中高年者に支持されていた年功賃金に対して、若者は否定的であり、業績や能力による賃金形態を望む若者が多数であった。こうした時代と比較した際の若者の意識変化を「伝統回帰」とみなし、これからの雇用流動化時代に逆行した意識として危惧する声もあがっている。
・若者が望む職場環境については、「仕事を通じて人間関係を広げていきたい」、「社会や人から感謝される仕事がしたい」が上位を占めている。一方で、1980~90年代は、「自分の能力を発揮したい」、「能力を身に付けたい」という自己本位的な意識が高かった。
→以上より、今日の若者は仕事の将来に不安感を抱きつつも、潜在的には健全な仕事を育くんでいるその一方で、労働政策については若者の希望と逆行している(過酷労働・ブラック化)状況にある。

〈総括〉
今回は、1980~90年代と比較した際の現代の若者の労働に対する意識の変化について、仕事像・職場環境の2点から明らかになった。現代の若者は今や崩壊しつつある日本型雇用形態の積極的側面である「安定性」を望み、職場においても自己本位的ではなく、人間関係や社会貢献度を重視していることが分かった。ただし、「自己本位的という意識からの変化」という点は前回との矛盾点となるため、別資料にて確認を行いたい。また、次回は本論文第2章である「現代労働における発達阻害」から、こうした現代の若者の意識と労働政策との間の齟齬から生まれる障壁について詳細を見ていきたい。

(続)長沢孝司(2017)「現代の若者労働―人間発達の観点から―」
『日本福祉大学研究紀要―現代と文化』136号,p15-41

〈論文選択理由〉
前回、本文献の第1章より、1980年代と現代の若者の労働に対する意識変化について仕事像と職場環境の2つの観点から明らかになった。今回は、第2章「現代労働における発達阻害」から、現代の若者の労働に対する意識と労働政策との間に生まれる齟齬について詳細を見ていく中で、齟齬から生まれる障壁が若者の人間発達にどのような影響を与えているのかについて知見を得ることを目的とする。

〈要約〉
●雇用格差とその固定化
・バブル崩壊後の日本企業は、グローバル競争を勝ち抜くための戦略として年功賃金によって優遇されてきた中高年層の雇用と賃金を抑制する「リストラ」を実施した。〈日本型雇用へのメス〉←ME化・IT化の進行に伴い、若者の能力主義への欲求の高まり・年功賃金への反発といった風潮が利用された
・こうした流れの中で、「複線型人事」政策…採用段階から中堅社員と多数の流動的社員に分化して採用するという長期戦略が打ち出される〈日本型雇用の打破〉。ここでは、雇用形態が➀長期蓄積能力活用型グループ(少数精鋭の基幹職)、②高度専門能力活用型グループ(限定社員)、③雇用柔軟型グループ(派遣・契約社員)の3つに分類された。とりわけ派遣労働の適用範囲の拡大に伴い、労働者全体が正規・非正規の2群に分類されて今日に至る。
・上記のような労働者の2群の労働構造時代は他の先進国でも共通してみられるものの、日本の特徴として➀非正規労働者数の多さ、②両群の賃金格差の大きさ、③正規→非正規の下方移動は多い一方、非正規→正規の上昇移動は制度的にも実際にも極めて限定される、といった3点が挙げられる。
・「総人件費の抑制」を目的とした格差社会の進行は若者の人間発達にとって深刻な影響をもたらす。正規・非正規の分断は、両者の仕事における共同性の自覚や相互援助の意識を喪失させ、競争による活力とは逆の結果を生んでいる。
・「格差の大きい社会ほど、社会的信頼が低い」という事実から、格差社会が進行することで、世の中に対する不信感は高まり、社会への無関心、社会貢献に対する意識を抑制し、自己成長の意欲の抑制、狭い自己中心主義の態度と心情の蔓延といった、若者の発達阻害をもたらす。

●長時間労働による発達阻害
・日本の長時間労働問題:1990年前後は中高年者、特に中間管理職の問題として、今日では若年層を巻き込む問題となっている。
・長時間労働の直接的な要因は「膨大な業務量」と「突発的な仕事」の2点が挙げられる。一方、一般には指摘されない原因には、➀国際労働機関の労働時間にかかわる25の条約のつうち日本は1つも批准していないこと、②非正規社員の仕事が末端の若年正社員に上乗せされること、③ピラミッド型組織→フラット化への移行により、自ら進んで働き能力形成する人間像が求められること、④労働の「感情労働」化、の4点が挙げられる。
・長時間労働による忙しさが故に、➀自己研鑽する時間的余裕や体力・気力の喪失、②視野の縮小、客観的・多角的視点の低下、③他者との相互配慮や共感力の喪失、といった人間発達の阻害をもたらす。

〈総括〉
前回の書評で確認したように、若者が望む職場環境には「仕事を通じて人間関係を広げていきたい」、「社会や人から感謝される仕事がしたい」といった意向が挙げられる。一方で、雇用や賃金の抑制を目的とした労働政策によってたらされた格差社会の蔓延により、若者の意向に逆行するように人間発達が阻害されていることが確認された。本文献を通して、労働者に限定するものの、若者の人間発達には雇用問題が影響していると考えられる(雇用→人間発達の関係性)。また、雇用問題を背景に、若者労働者の人間発達が阻害されることは、自身のキャリアに直面し、社会や労働に関する情報に敏感になる大学生の価値観や志向性に対しても少なからず負の影響を与えるのではないだろうか。



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