研究書評 2022年度_Vol.3
磯部一恵、岡田直美、太田麻美子(2022)
「組織の変遷から見る日本における若者の雇用の現状と課題」『教育経済学研究』1号,p72-84
〈論文選択理由〉
現代の労働環境の全体像を把握するための一助とするため。また、中間発表時に指摘された点(労働意識の変化についてデータがやや古い)を踏まえて、近年のデータを確認するため。
〈要約〉
●ワーク・エンゲージメントの国際比較
ワーク・エンゲージメントとは、「仕事に関連するポジティブで充実した心理状態であり、活力、熱意、没頭によって特徴づけられる」ものであり、これについて16か国間で国際比較をする研究を島津ら(2010)は行った。結果、日本のエンゲージメントスコア(活力・熱意・没頭の3領域における評価)は低い傾向にあることが分かった。
●若者の仕事に関する意識
「子供・若者の現状と意識に関する調査(平成29年度):全国の16~29歳の男女」より
・希望する雇用形態は、正規雇用(76.0%)>非正規雇用(16.7%)>自営業・自由業(6.8%)
→選択理由:➀安定していて長く続けられるから②収入が多いから③自由な時間が多いから④子育て、介護等との両立がしやすいから
・仕事選択に際して重要視する観点は、
「安心していて長く続けられる」、「収入が多いこと」>「自分のやりたいことができること」>「福利厚生が充実していること」>「自由な時間が多いこと」であり、
いずれも回答者の8割を超えている。
●職場生活の満足度(上記と同調査による)
・職場生活の満足度について、7か国比較でみると。日本は「満足」の回答が最下位であった。(47.4%←前回調査(平成25年度)と大きな差はない)
・アメリカ(81.8)>ドイツ(80.2)>フランス(75.5)>イギリス(75.5)>スウェーデン(69.7)>韓国(53.5)
●職場に対する居場所感の現状
「子供・若者の意識に関する調査(令和元年度):全国の13~29歳の男女」より
・職場が居場所になっているか→そう思わない(37.0)、どちらかといえばそう思わない(27.9)であり、職場に対して居場所感を抱かない者も多い
・努力すれば希望する職業に就くことができるか→どちらかといえばあてはまる(41.3)、どちらかといえばあてはまらない(25.9)
→「あてはまらない」については、回答者の年代が上がるにつれて割合が高くなっていることから、若者は年齢を重ねるにつれて希望する職に就くことが難しいと感じる傾向にあることが明らかとなった。
・生活の充実感について、回答者の年代が上がるにつれて「充実していない」の回答率が高くなっており、年齢を重ねるにつれ充実感を感じ難くなっていることが明らかとなった。
〈総括〉
若者の労働意識の変化については、子供・若者の現状と意識に関する調査(平成29年度)の結果から、やはり現代の若者は安定志向が強いといえることが確認できた。
国際比較からみると、日本は仕事に対するエンゲージメントや職場生活に対する満足度が他国に比べ低いことが明らかになったが、その原因について探るために、今後同様の指標が高い水準にある国(アメリカやドイツ、フランス)における事例についても調査する必要性があると考える。
鈴江毅(2021)「職場におけるストレスチェック制度の現状と課題」『静岡大学教育学部研究報告』第72号,p138-144
〈論文選択理由〉
職場環境に対するアプローチの現状と課題を知るための一つの参考資料とするため。
〈要約〉
●初めに
日本では、2015年12月より国の新たなメンタルヘルス対策「改正労働安全衛生法によるストレスチェック制度」が施行され、職場におけるストレスチェック制度が導入されている。この制度は、本来長時間労働や過労死などの日本の労働衛生の問題点として長期に取り組まれてきた労働者のメンタルヘルス不調について、その全体像の解明および対策の検討を目的に生まれた。しかし、現在多くの事業所で施行されているものの現状の実態が明らかにされているとは言い難く、ストレスチェック制度自体に課題や問題点があることが分かってきた。こうした課題や問題点を明らかにすることを本研究の目的としている。
●制度の成り立ち
制度が施行された背景には、職場における精神疾患(うつ病など)や労災補償件数(精神障害や過労自殺など)の増加、メンタルヘルス対策に取り組む事業所が少ないことがマイナス面として挙げられる。一方、対策を可能にする技法(=職業性ストレス簡易調査票)が開発され、産業現場で活用されるようになったことがプラス面の要因として考えられる。
●制度の現状
制度の流れは以下の図で示される。
ストレスチェックを実施した事業所割合:84.9%
その結果を活用した事業所割合:66.9%
高ストレス者の割合:13.3%(男女別 男性12.5%、女性15.0%)
●制度の問題点・課題
現状の問題点には、分析結果の活用の不十分さ、職場環境改善に関するノウハウや人手の不足などが指摘されている。今後の課題として、高ストレス者への丁寧なフォローアップ、ストレスチェック集団分析結果の有効活用が挙げられる。職場環境改善に対する課題としては4つ(取り組み開始のきっかけづくり、効果的な手法に関するリソース不足、継続性・マンネリ化、評価指標)が挙げられる。
ストレスチェック制度を実効性のあるものにするには、職場環境改善を推進し、仕事のストレス要因への対策、働きやすい職場環境の創出が重要であるとされている。
〈総括〉
労働者のメンタルヘルスに関する施策として「ストレスチェック制度」が導入されていることが分かった。これは一定の導入率と活用率を達成しているものの、導入後の実態や分析結果の活用の適切さに課題があることが明らかになった。一方で、課題として挙げられた分析結果の有効活用については具体的な提言が明示されていないため、追加資料での調査・検討が必要である。補足として、制度導入の具体事例について、成功・失敗の両面から見ていき、制度の実行性を高めるために重要とされた「職場環境改善を推進し、仕事のストレス要因への対策、働きやすい職場環境の創出」についてヒントを探りたい。
(以下、補足資料)
姜 英淑(2016)「若者が考える働きやすい・働きがいのある職場」『東洋大学社会学部紀要』53巻2号,p17-31
〈論文選択理由〉
若者の職業観について、以前中間発表にて挙げたものより近年のデータが使用されており、より正確な現状の把握と検討に繋がると考えられたため。
〈要約〉
〇若者の生活と仕事に関する意識
・2015年にNHKが関東甲信越に暮らす若者(18~34歳)を対象にした調査結果によると、若者にとっての生活・社会における不満点及び将来への不安点として最大であったのが、「生活費と収入(58.4%/83.1%)」であり、若者が現在と将来において最も懸念していることは生活を営むための経済的余裕のないことだと明らかにされた。また同調査では、職場に満足していない若者が40%以上になっており、今の仕事に満足していない状態で仕事をしている人が多くいると考えられる。
・NHKの「プロジェクト2030」で実施した調査結果によると、正社員になりたいかという質問に対して、なりたくないが12.4%、どちらともいえないが21.7%であった。正社員になりたくない理由としては、上から順に「本当にやりたい仕事かわからない>正社員であっても生活は安定しそうにない>正社員は大変そう>非正社員の方が責任は小さく気楽だから>非正社員の方が転職しやすい」であった。
・内閣府の平成25年版「年次経済財務報告」によると、非正規雇用→正規雇用の異動確率は、90年代以降低下傾向で、非正規雇用者がそのままの地位にとどまる確率は約80%である。また、正規雇用→非正規雇用へ異動する確率は、90年代の約20%から約40%へ上昇傾向にある。
・厚生労働省の調査(2014)によると、新人社員の「働く目的」に関して「経済的豊かさよりも楽しい生活」を重視する傾向にあるとしている。会社の選択理由については「自分の能力・個性が生かせるから(↗)、会社の将来性(↘)」の傾向にあるとしている。
〇働きやすい・働きがいのある職場
・ニッセイの「福利厚生アンケート(2013)」及び内閣府の「平成25年度我が国と所が帰国の若者の意識に関する調査」から、若者が会社を選ぶ理由として重視する項目には「収入、仕事内容、職場の雰囲気、労働時間の条件」が挙げられる。
・広石(2011)によると、若者が選ぶ会社のポイントをまとめると、「職場に日常においてコミュニケーションが取れていて、共通の価値を創出するためのワークグループが形成され、よい雰囲気のなかで共通の目標に向かっていく職場のイメージがある。さらに社員が会社の 1 人として認められ、評価される会社であること」と解釈される。
〈総括〉
本論文より、若者は本来、経済的豊かさよりも楽しさを重視し、能力・個性が発揮できる場所を仕事に求める傾向にある(理想)。その一方で、現実については、経済的側面での不安や不満を抱えざるをえない状況にある。また、磯部ら(2022)の論文では、職場について居場所感を抱かない者が半数以上にあることが指摘されており、これは広石による若者の会社選びのポイントの内容とかけ離れているといえるだろう。
このような若年労働者にとっての理想と現実とのギャップが生じる背景には、日本の社会と経済の不安定さとそれに付随して生まれる不安感であるのではないかと考えられる。
中村准子・岡田昌毅(2016)「企業で働く人の職業生活における心理的居場所感に関する研究」『産業・組織心理学研究』第 30 巻,第 1 号,p45-58
〈論文選択理由〉
研究の対象として絞り込んだ「労働」の観点から居場所概念を再考するため。
〈要約〉
近年、キャリアカウンセリングの現場や精神療法の場面で、「居場所がない」という声 が多く挙げられる。働く人のメンタルヘルス対策が推進される中、厚労省(2013)による と「仕事や職業生活に関することで強い不安、悩み、ストレスがある」と感じている労働者の割合が 50%を超えている。この状況が抱える様々な課題の解決に向け、本研究では、 職業生活における「居場所がない」の心理状態、そうした状態がもたらされる理由、および「居場所」という心理的環境の解明を目的としている。
本調査前に実施した予備調査より、職業生活における心理的居場所感の構成概念は、「他者のためにできることがあると感じる感覚」、「他者から受け入れられていると感じる感覚」、「落ち着く、ほっとする、安心する感覚」、「自分らしく行動ができ、それでいいと 感じる感覚」の 4 つに大別された。また、職業生活における心理的居場所感に影響を与え る仕事要因(以下、仕事要因)としては、「仕事内容についての意識」、「職場環境・人的 環境についての意識」、「成長への期待」の 3 つに大別された。
本調査では、上記の 3 つに大別された仕事要因それぞれについての因子構造を明らかに している。調査結果より、職業生活における心理的居場所感(以下、居場所感)の構成概念について、「居場所役割感」「居場所安心感」「居場所本来感」の 3 つの因子が見出され た。そして、職業生活における心理的居場所感とは、「他者から頼りにされ役に立ってい ると感じられるかどうか、安心して落ち着いた気持ちでいられるかどうか、自分を見失わ ず自分らしくいられるかどうか」という感覚であるという新たな知見を得た。また、居場 所感に影響を与える仕事要因は、「仕事内容|仕事の評価・やりがい」「職場・人的環境| 職場への適応・人的支援・人間関係」「成長への期待」の 6 要因が抽出された。さらに、 仕事要因が居場所感に与える影響については、➀居場所役割感:仕事の評価、職場への適 応が影響、②居場所安心感:職場への適応が影響、③居場所本来感:職場への適応、仕事のやりがいが影響することが分かった。また、職場の人的支援や人間関係が居場所感に与える影響は比較的弱いことが示唆された。
〈総括〉
職場の居場所感を得るためには、職場に適応すること/仕事で評価を得ることの2つが主に重要であることが分かった。一方で、人間関係の良好さだけで居場所感の担保に結び付 かないことも明らかになった。このことから、居場所確保を目的として労働政策の観点からアプローチする際に、労働環境(特に人間関係)だけではなく、職場・仕事に対する愛着心や評価方法の現状や課題に注視していく必要があると考えられる。
高橋・津野・大森(2021)「健康経営における「健康的な職場文化」の指標化に向けた文献レビューによる概念整理」『日健教誌』第 29 巻第 1 号,p3-15
〈論文選択理由〉
仮説の検証方法を検討する段階において、本論文から評価項目のヒントが得られると考えたため。
〈要約〉
本論文は、健康リスクの改善や生産性の維持・向上にとって醸成することが重要だとさ れている「健康的な職場文化」に着目し、この概念の抽出と整理を文献レビューから行う ことを目的としている。
19 の文献レビューから、「健康的な職場文化」が与える効果には、健康、生産性、職場 の健康増進の 3 つに対するものに分類された。健康に対しては、[身体的・精神的健康、生活習慣に関するリスク]への効果、生産性に対しては、[プレゼンティーイズム(=何らか の疾患や症状を抱えながら出勤し、業務遂行能力や生産性が低下している状態)、アブセンティーイズム(病欠・病気休業の状態)、病欠者の復職の促進]への効果、職場の健康増進に対しては、[健康増進の取り組みへの参加や継続の促進、取り組みの定着や目的の達成]が挙げられた。
また、同文献から抽出された「健康的な職場文化」に関する内容を、意味内容ごとに分類した結果、計 10 項目(※)のカテゴリを作成した。カテゴリ間の関係は下記の図で示される。
カテゴリ間の関係から、「健康的な職場文化」について、「組織と従業員、または従業員同士でのコミュニケーションにより、トップダウンによる健康保持増進の方針・施策や、 従業員による積極的かつ主体的な健康保持増進を促進するシステム」と説明される。
※抽出した 10 項目のカテゴリ
・健康増進の方針の明文化
・健康課題を抱える従業員への対応に関する手順の明確化
・上司から従業員への健康課題に関するフィードバック
・授業員に向けた健康増進に関する情報や重要性の伝達
・職場の健康増進の取り組みへの従業員の積極的参加
・従業員のニーズに合った健康増進の取り組み内容の充実
・会社全体が従業員の健康を大切に想う
・健康増進の取り組みに対するリーダーの支持
・健康に関する同僚同士のサポート
・同僚同士での健康増進の取り組みの共有
〈総括〉
健康的な職場文化を醸成することが、職場の健康と生産性の増進・向上にプラスの効果を もたらすことが明らかとなった。また、健康については、身体的・精神的の両面に効果が働 くことが期待される。本論文で抽出された 10 項目及びこれまでの先行研究から挙げられた 指標を整理し、職場の居場所感の評価において最適な評価項目を検討し、仮説検証の方法を定めていきたい。