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手袋

夏の午後七時です。まだうっすらと明るい、どこにでもあるような、バス停とロータリーがある、とあるまちの駅です。その駅のバス停で、スーツ姿の、お腹のでていないおじさんが、バス停のベンチに座り、バスをまっていました。
おじさんが足元にふと、目をやりますと、子供の手袋くらいの大きさの赤い皮でできたような、手袋が落ちていました。

おじさんは手袋を拾いあげ、まじまじとそれをながめていました。
手袋の手首のあたりには『魔人』と、書いてありました。
(魔人って、まじん? ……まじんって、いや、名字? はて……なんだろう)

おじさんは一人、誰もいないバス停で、手袋をながめていましたが、ふと、その手袋をはめてみたくなりまして、まわりをキョロキョロと、みまわしまして、ええ、ついに、きついなぁ。と思いつつも、その手袋をはめてしまいました。そして、手袋をはめたその手をおしりの下にかくしまして(なにかおきないかなぁ)などと考えておりました。

と、そこに、バスがやってきました。

 混雑していたバスから、色々な年格好の人がおりてきて、駅の改札へと続く、エスカレーターの方に歩いていきましたが、一人だけ、小学三、四年生くらいに見える男の子だけは、バス停の近くをうろうろと歩きまわておりました。しばらくうろうろと歩きまわっていた、その男の子は、おじさんの座るベンチの方をふりかえると、ゆっくりと、ベンチのある方へと近づいてきました。


おじさんはバスがきた時から、バスからおりてくる人たちの様子をなんとなしに、見ており、男の子が手袋を探しているのではないかと、思っておりましたので、おしりの下にある手袋を、モゾモゾと体を左右に動かして、はずそうとしましたが、手袋はなかなか外れませんでした。
そうこうしているうちに、男の子がずんずん近づいてきます。

おじさんはあせりました。下をむいて、体を前に倒して、よりいっそうはげしく、体を左右にモゾモゾと動かしましたが、手袋はぬげません。
左右に体をはげしく動かすおじさん。
ずんずん近づいてくる男の子。

そして、おじさんは、はっと気づきました。男の子は知らぬ間に、おじさんの前に立っていることに。
(まずい。ど、ど、どうしよう……)
おじさんは下をむいたまま、顔をあげることができません。
「おじさん、おしりの下の、それ、ぼくのだよ」
「えっ、あっ、ご、ごめん、ごめん。つい、おじさん、あんまりにもいい手袋だったから、つい……」
そういっておじさんは、顔をあげたのですが、おどろいて叫び声をあげました。
おじさんの前に立っていたのは、先ほどまでの男の子と変わらない背格好の、自分と同じ顔をした、何者かでした。
おじさんは気を失ってしまいました。

「私は魔人。君が望んだのだよ、この世界から逃げ出したいと。だから私はそれを叶えたまでさ」

おじさんが目をさますと、小学生くらいの背格好になっていました。
おじさんは、とても楽しそうな顔で、スキップをしながら、夜空をかけまわっておりました。








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