サイ・サイ・マオ「(タイトル不明、おそらくはコンピレーションアルバムと思われる)」(19??年、ミャンマー)
サイ・サイ・マオ(Sai Sai Mao、Saing Saing Mawとも)はミャンマーのシャン族出身のロックアーティスト。
ミャンマーで一番人口が多いのはビルマ族であるが、シャン族はその次に人口が多いタイ系の小数民族である。シャン族が数多く住むシャン州はタイのみならず中国やラオスにも接しており、それゆえかテレサ・テンの歌をラジオで頻繁に聴くことのできる環境だったようだ。ミャンマーのポップス・歌謡曲の多くは中国やタイをはじめとした他国の歌のカヴァーであるが、サイ・サイ・マオも例外ではなく先述のテレサ・テンのカヴァーが多い。
彼の歌の特徴はハスキーな声と、ファズの効いたエレクトリック・ギターや、キラキラした派手な音色のアナログ・シンセサイザーであり、麻薬密造地帯であるいわゆる「ゴールデン・トライアングル」の一部であるシャン州の出身ゆえか、ドラッギーなサウンドが聴かれる(サイ・サイ・マオ自身麻薬にどっぷり浸かっていたかは不明)。
歌詞の内容も興味深く、ミャンマーの主要民族であるビルマ族がイメージする「ロマンティックで郷愁を誘うような」シャン州のステレオタイプな風景が歌詞に描かれていることが多い。面白い例としては、千昌夫「北国の春」のサイ・サイ・マオのカヴァーだが、歌詞の内容をざっくり言えば、シャン州に来れば美しい肌を持った娘たちが茶摘みをしているのを見ることができるよ、シャン州いいとこ、一度はおいで、という内容である。
このようにビルマ族に「媚びた」歌も多いサイ・サイ・マオだが、体制を批判する歌も歌っている。"Lik Hom Mai Panglong"という歌だが、この歌ではミャンマー政府がシャン州などの少数民族が住む地域の自治権を約束したものの、それが実現しなかったことへの批判を歌っている。曲の途中でサイ・サイ・マオが怒気を伴った声で何かをまくしたてるところがあるのだが、このように「民族主義者」としての側面も強い存在ゆえに彼の歌はミャンマーの文化研究の題材としても扱われているようだ。現に英語で書かれた彼についての論文が何本か発表されている。
こうして見てみると、サイ・サイ・マオは「ポストコロニアルな」アーティストだな、と思う。シャン族であることへの「誇り」もそうだが、ミャンマーのリスナーの大部分を占めるビルマ族への「媚び」と「対抗心」。彼の歌はその二律背反に揺れている。