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肥後百景#12【金峰山と百日紅】

小学5年生になると
宿泊教室がある
修学旅行に並ぶ絶対に外せないイベント

野外炊飯、キャンプファイヤー、キャンドルファイヤー、出し物大会、ナイトハイク

クラスのみんなで二泊三日

侵食を共にするだけで、普段とは違った一面が見られる。

たった二泊三日でしかないのに

一生に思い出に残る濃密な二泊三日。

1ヶ月ぐらい前からそわそわし始め

いよいよ一週間前ともなると、もうパニックである。

市から程遠くない位置に小高い山があり、市街地からも見える。

この山に少年自然の家がある。

ここが宿泊教室の舞台になる。

1時間もかからずにたどり着くこの場所で

一生の思い出ができるなんてなんてお手軽なんだろう。

それが子どもの良さである。

この二泊三日の中にいまだに覚えている出来事がたくさん詰まっているし昨日のことのように思い出せる。

女子部屋に潜入しようと試み、早い段階から協力者を準備。有能な女子の協力のもと数々の難所を潜り抜け、ミッションインポッシブルをついにポッシブルにしたあの瞬間。枕投げという青春の1ページをめくった瞬間引き裂かれた担任の襲来。

夜のお決まり怪談話で怖がりすぎた友達の発狂により担任降臨、無限正座地獄。

こっそり持ち込んだ遊戯王カードの紛失、疑心暗鬼。言い出そうにも言い出せない心理戦サバイバル。

学年の中でもオマセ集団による逢引まがいの裏切り行動と粛清時間。

お風呂場の小さな意地の張り合い。意外な彼の早すぎた大人報告。

本当に様々なドラマが各所で生まれていた。

僕の知らないところでもいまだに知らないドラマが生まれていたはず。

そんな中、僕自身もドラマを生んでいた。

こういった自然の中で宿泊するイベントにはありがちなイベントの一つに

登山

というのがある。

そこまでハードな登山ではなく、あくまでもビギナー向けのハイキングと言ってもいいぐらいのプログラムだが、ここでクラスの団結力が試される。

僕はこの日、一人で闘っていた。

登山当日、どうも雲行きが怪しくなっていた。

中止も危ぶまれたが、予定時刻には晴れ間も出始めたので決行。

流れる安堵感と、再び走る緊張感。

気合を入れて、必ず全員で登り切ろうと各クラス盛り上がりを見せてきた。

そんな中同じように昂ってきた僕。

意気揚々とスタートし、いいペースで登る。

この登山の一番の山場は

さるすべり 

と呼ばれている場所

ここが難所で、とにかく険しい

らしい。

というのも、僕は結果的にこのさるすべりを体験せずに終わった。

一体なぜか。

引き返したからだ。

何と腰抜けな奴だと思われただろうか。

いいや、違う。勇気あるリタイアだった。

時を戻そう。

いいペースで登っていく中、再び雲行きが怪しくなる。

突如として土砂降りが一行を襲った。

山の天気は変わりやすいとはよくいったもので本当にその通りだった。

稲光まで発生し、慌てふためく一行。

キャーキャー騒ぎ出す女の子たちとここぞとばかりイキり倒す男子たち。

担任勢も必死に指示を出す。

みんなは木陰に移動し、いったん手持ちの荷物から事前に準備していた雨具を各々取り出し始めた。

しっかり指示を聞き素早く行動に移していた僕は全く動じていなかった。

打倒さるすべりのもと雨具を、合羽を、出して早く着替えねば、なら、な、ない!!!どこだ俺の合羽は!?!?あ、よかった!これこれ、昨日自分で確かに入れたからな、ふーよかった。

一瞬ヒヤリとしたが、無事に自分で準備した合羽を着て、次の動きに備えた。

担任勢は集まり相談を開始する。

その間みんなは小さく固まって指示を待った。不安な中でもみんなでだったら乗り越えられる、ここまで来たんだ、がんばろうぜ、こんな空気が漂っている。

僕は、いいクラスだなと心底思っていた。

が、どうもおかしいことに気がついた。

みんなは先生の戻ってくるのを今か今かと待ちわびている。

どうも暑そうにしている。

何で?こんなに雨が降っていて気温も下がっているのに暑そうなんだろう。

僕は寒くて仕方なかった。何なら、徐々に体も冷えてきている感覚があった。

近くの友達と話しながら、なんか合羽って蒸し蒸しするよな、早く脱ぎたいねなんて言っている。

何を言っているんだ、こんなに寒いのに脱ぎたいなんて自殺行為だ、やめろ。

そして蒸し蒸しするなんておかしなこと言うな、ガンガン体温奪われているのに。さるすべりを前にしてテンション上がりすぎて皮膚感覚もおかしくなったのかよ。

しまいには、体が震え始めた。

おかしい、なぜだ。この合羽はどこかがおかしい。

自分の着込んでいるカッパのタグの部分を探り、見てみた。

そこには

ウィンドブレイカー

というかっこいい名前が書いてあった。

僕はカッパだと思い込んでいたこの服は

風を防ぐのに特化したアイテムだった。

もちろん、雨を防ぐオプションはなかった。

通りでどんどん濡れてきているわけだ。

全く弾いていない。雨をどんどん吸っている。

僕の体温は下がる一方だ。このままでは一人みんなの前でぶっ倒れてしまうかもしれない。さるすべりどころではなくなった。季節は11月。山はなかなかに冷え込んでいる。

意を決して、担任の先生に打診することにした。

「先生、寒くて今にも死にそうです。」

「そうか、今話し合いの結果、山頂まで行かずにここまでで下山することにした。だが、あと少し待ってみてさるすべりのところまで行けそうだったらみんなで行くだけ行こうと言う話になった。もしその場合は、お前だけ見れないことになるがいいか。」

「はい、もう戻りたいです死にそうなんで。」

「そうか、じゃあ先に戻れ。」

「はい!!!」

今じゃ考えられないが、単独行動GOサインをもらった。

いや、昔でもOUTだったのではなかろうか。

今となってはどうかしてると思うがとにかく担任は指示を出したので一人きた道をひたすら戻ることにした。

無事に自然の家に戻ると、僕は施設の人を見つけすかさず訴えた。

「助けてください、合羽に騙されて死にそうなんです。」

全く意味がわからんことを言ったと思う。我ながら。

しかし、必死の形相に施設の人は糸を汲んでくれた。

「急いでお風呂に入りなさい。」

「ありがとうございます!」

僕は、宿泊教室で、タイムテーブルを無視して誰よりも早く

風呂に浸かった。

人生で一番気持ちの良い一番風呂であり貸し切り風呂だった。

身体の芯から冷えていたのが今度は芯から温まっていく。

あまりの気持ちよさにおしっこちびりそうだった。

流石に我慢したけど。

幸福感に浸っていると、

ガラガラッ

扉が開いたので、他の連中も帰ってきて風呂の時間にしてもらったのかと振り返ると

全く知らない連中が入ってきた

「あ、なんか知らんやつ入っとる。」

「あ、ども。」

「お前誰や。」

「あ、えっと、違う小学校です。」

「え? 何で一人なん。」

「あ、いや、いろいろあって。」

「変なやつ。」

めちゃめちゃ恥ずかしかった。しかしナメられてはいけないとそのまま堂々としていた。

後から入ってきたやつらより先に出てはナメられるとよくわからん心情の元

しっかり長風呂した。

その日は一日中顔が火照って仕方なかった。

担任はさほど気にする様子もなく、他のみんなも流石に疲労で自分のことに精一杯のようだった。

すんなりみんなに合流して、二回目の風呂の時間になったので華麗にスルーし、その後のプログラムに備えた。

その後のプログラムは、出し物大会。

僕はのぼせて舞台袖で鼻血を出し

鼻栓をして横たわって終わった。

いまだにさるすべりを知らないでいる。

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mini
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