7時間目〜学校はオワコン?〜
今回は、果たして学校という場が本当に必要かどうかについて考えてみようかと思います。
合わせて、「先生」という仕事の意義についても考えたいです。
誰しも一度は
「あー学校行きたくないなー。明日起きたら学校跡形も無くなってたらなー。」
と願いはしたのではないでしょうか。
え?そんなことないって??
そんな人も、そっとブラウザ閉じるのをもう少しだけ堪えて、もう少しお付き合いください。
学校が好きだった人も、そうでなかった人も
義務教育
のもと、学校という場にいくのが当たり前になっていた部分はあると思います。
最近の教育を取り巻く環境変化や状況を鑑みると、この制度自体も考えさせられますが。
そもそも義務教育ってなんで義務なんだよ…
ここは、最初にはっきりさせとかなければいけないですね。
この義務は、子どもに対する義務ではないです。
じゃあ誰に対するか。
親に対してです。
子どもをもつ親がきちんと子どもを育てていく中で、教育を受けさせなければいけないんです。
となると、子どもは義務じゃないわけです。
子どもは、教育を受ける「権利」を持っている
というわけなので、極論言うと
学校に通わない
という選択をとっても子どもはいいわけです。
あまり詳しくはないけれど、最近はYouTuberの中に小学生もたくさんいるらしいですね。
その中に、少年革命家と呼ばれる子もいると聞きます。
極論、ありだと思ってます。
むしろ、学校に通っているよりも険しい道を選択しているし、同じ年齢の子と比較にならないレベルで学ぶことも多いはず。
親と一緒に一度会ってみたいぐらいです。
学びでいうと、コロナ対策で打ち出された全国的な休校措置。
結果的に、学校に通うはずだった期間を奪われる形になったわけで
その期間の学びを学校という場で保障はできなくなったことになります。
では、その期間、子どもは学ぶことができなかったのか。
現場でみた感じ、そのようなことはほぼほぼなかったです。
子どもは休校になってますが、先生は出勤していましたので、電話でご家庭の様子を確認したり、家庭訪問をするケースもあったようです。
各ご家庭でネット学習を行っていたり、
塾に通っている子はオンライン授業を行っていたりと、
学習手段は思いの外、世の中には流布しているのが、
ある意味よくわかる機会になったのではないかと。
じゃあ、やっぱり学校ってもうオワコンなのか。
先生って仕事も淘汰されていくのか。
私は、そうは思いません。
1ハード面〜学校という「場」が与えるもの〜
特殊な空間であるのは間違いない学校。
学校独自のルールや、学級毎にもルールがあり、隣同士のクラスでさえ全く違う文化が根付いている様子はさながら秘密のケンミンSHOW
本当に驚くことがいっぱいあります。
ある意味でそれは、日本の社会の縮図みたいなもので、擬似的な練習ができる場です。
いきなり
明日の食いぶちは自分一人でなんとかしていけ
なんて到底無理なので、その練習、しかも基礎中の基礎を作る場としてはいい場です
そこにいけば、自分とは違う考えをもった他者と嫌でも関わることになるので関係性を構築する術は学べます
限定的ではありますが、異年齢との関わりが生まれる機能もあります
社会で活躍する上で、同年代ではない人との関わりは避けて通れないので素地としてはいいでしょう
子どもだけではなく、地域に住む方々にとっても価値がある場です。例えば、社会人のサークルなどが体育館を借りて利用するなど、施設貸し出し機能があるところも多いはずです。地域に根差した場所としての機能があります。
また、災害など有事の際には避難所にもなるので、
一定数の備蓄なども含め、シェルター的な要素も持っています。
2ソフト面〜「先生」の可能性〜
学校と先生はセットです。
今後、5Gの世界に移行し、今よりさらに技術革新が進む中で、AIなどのレベルも格段に上がっていくでしょう。
それにより、今すでにある動画学習やネット通信を活かしたオンライン学習などもより一層できることが増えるかもしれません。
もはや、生身の人間が同じ空間にいる必要がなくなる。
これは、ある部分ではそうかもしれませんが、完全にはなくならないのではないかと思います。
人間だからこそ、判断できる場面や状況というのは必ず残り続けるはずです。
その瞬間、最適解を叩き出すのがたとえAIの方が早くなったとしても、あえてそれを行わなかったり、時間を置いてから伝えたり。
そこに人間味を求められることの方が、先生には残るのではないでしょうか。
完璧ではない人間だからこそ、教えられること。
ここに先生が生き残っていく道があると思います。
3オワコンと言われた学校の未来
結論からいうと、
変化がなければ新しいものに取って代わる
これは何事にも当てはまるし
古今東西、未来永劫そうでしょう
世界が変化していくのに
学校だけがそのままなんて
タイムカプセルもいいとこです。
それでも、世界の変化よりはゆっくりかもしれないし、一気に変わるのは難しいでしょう。
ハードもソフトも合わせて、いつまでも変わらなければ、
権利を持つ人々が新しい選択肢から行動を起こし、それが主流になっていくというのも、そう遠くはないかもしれません。
そこに危機感をもって
変化していくことを恐れず、先生もアップデートしていくことが今の先生がやるべきこと、あるべき姿なのではないかと思っています。