SF
2021年、日本。
電子マネーが一気に普及したように見えた昨年、銀行口座からの不正引き出しが相次いで発覚。
銀行への預金に不安を持つ者が増え、自宅に現金を置く人々も徐々に増加傾向にあった。
「オンラインストアの在庫、増やしておいて。」
とある事務器具の卸し業者に勤める私は、2月初旬にはWEB担当者に小型金庫の在庫を増やすように指示を出していた。
春先にはさらに売れ行きが伸びると見越し、月末の発注でメーカーの在庫の半量を確保。
部下には気が触れたんじゃないかと言われたが見事予想は的中、金庫は飛ぶように売れて次の仕入れまでメーカーも在庫切れとなった。
「君には先見の明がある。」
年度初めの社内朝礼で、私は主任から係長に昇進した。
ゴールデンウィークが明けると、今度は自宅警備グッズが売れるようになっていった。
ネットでも店舗でも監視カメラには高値がつき、フリマアプリでは転売ヤーが法外な値段でそれらを売っていた。
そして7月末、菅内閣により「監視機器転売禁止法」が提出され、翌年4月から施行されることとなる。
内閣が法案を提出というニュースを聞いて、私は自宅警備グッズが売りづらくなると予想していた。
そうすると、次に何が売れるのか。
機械による警備が難しいとなれば、もはや頼れるのは己の肉体のみ。
つまり、筋トレブームはまだしばらく終わらない。
「2022年に売れるものは、事務器具ではなく、ジム器具だ。」
社長にそう進言すると、翌年の当社のスローガンにその言葉が採用され、年度が変わると私は課長に昇進した。
2022年、5月。
とある生命保険会社が実施したアンケートによると、中高生が将来なりたい職業のひとつに「ボディービルダー」が2位にランクイン。
鍛え上げた肉体を気軽に披露する為に、YouTubeには遠山の金さんを模した動画が溢れかえる。
若者の間では着物がブームの兆し。中には頭に髷を結う者まで現れ始めた。
「下駄で渋谷を闊歩するのが最高にCOOLとされています。」
この春に新卒で入社した若手社員のその言葉で閃き、「詩吟チャレンジ」と題して公式サイトに動画をup。
上から下まで和で固めた若者(新入社員)が、新社会人あるあるの詩を吟じる動画だ。
当社の動画から火がつき、街角には詩を吟じる若者が大量に発生した。
己の承認欲求を満たす行為にインターネットは狭すぎた。
自らの言葉を自らの声で、身体で、全身で表現した。
体が震え、脳が震え、心が震えた。
「なんか、生きてるって感じ。」
最後の決め台詞は、その年の流行語大賞になった。
私は翌年、部長に昇進した。
日本は退化している、そんな声もあった。
しかし、果たしてそれが悪いことなのだろうか。
私は人間としては正しい方向に向かっている、そんな気がしてならない。