新築タワマンの商品戦略が変わってきた話
マーケットが変われば戦略も変わる
2024年は"タワマンを買えば儲かる"と考える層が、少なくとも首都圏高所得層においてはマジョリティになってしまった年と言えるかもしれませんが、マーケットが変われば企業側の戦略も変容するのはある種必然と言えるでしょう
年の瀬の振り返りも兼ねて、このテーマを深掘りしたいと思います
信用創造が短期間でマーケットを変容させた
信用創造とは経済学で使われる用語で、簡単に言えば"実経済で回るお金は当初の預金額より大幅に増える"ことを示した概念です。
具体例で見るとわかりやすく、もし銀行が預金の90%を融資可能な規制環境だったとすると、市場供給マネーは融資の繰り返しで大きく増加することとなります
1.100万円の預金を受けたA銀行は90%を融資
2.融資先のB銀行は90万円の90%を再融資
3.再融資先のC銀行は81万円の90%を再融資
以下繰り返し
銀行が融資を繰り返すことでマネー供給が増加しビジネスチャンスが広がる一方、行き過ぎた供給はバブルに繋がる危険性も孕んでいます
そして、この仕組みは不動産マーケットが横這いの時代には問題になりませんが、昨今のような急騰期には検討者の予算を短期間に大きく引き上げる形で顕在化します
2020年頃まで :
5000万円でマンションを購入、10年後に4500万円で売却
→売却額から残債や手数料等を引くと物件価格の1-2割程なので、2次取得者の予算は緩やかに上昇
それ以降 :
5000万円でマンションを購入、10年後に10000万円で売却可能な査定が出る
→査定-残債が5000万円超と大きくプラスになっているため含み益の一部を預金とみなす銀行が現れ、融資額を増やす様々な選択肢が可能となる(後述)
→融資額の増加により高騰したマーケットについて来るプレイヤーが増える
→価格高騰が加速する
様々な選択肢とは、主にこの辺りでしょうか
1.本来の与信上限より大きい借入が可能となる
2.後売りローンが可能となる
→新居・現居のダブルローンとなり一時的に借入額が大幅に増加する
3.その複合
含み益が不動産マーケットへ再投下され高騰が高騰を呼ぶサイクルにおいて、信用創造が大きな役割を果たしたことは間違いないと考えています
また、従来と比べて後売りローンが圧倒的に容易となり、含み益が再投資されるまでの期間が大幅に短縮されたことも直近の高騰を支える要因の1つだったのではないかと思います
特筆すべきマーケットの変容点
あくまで従来と比較してというコンテキストですが、"短期間で都内区部全域が高騰したことで、不動産リテラシーが低い多額の含み益持ちが急増した"点が特異であると感じています
※それ自体は全く悪い事ではなく、本来住宅は予算内で最も気に入った物を買うべきだと思います
従来の横這いマーケットにおいて、短期間で転売サイクルを回すには相当な不動産リテラシーが必要だったと想定されます
マーケット全体が横這いの中、短期間で転売益を得ようとした場合は価格の歪みを正確に突く必要があり、物件だけでなく部屋単位で選定したり、不動産市況が冷えている中で当時未開の地であった豊洲や有明、勝どき晴海などの将来性を評価し購入する必要があったからです
しかし、ここ数年は"数年前に買ってさえいれば何を買っても数千万円単位の含み益"と言って良いほど都内区部の不動産マーケットは高騰しており、不動産リテラシーとは無縁の純実需層が多額の含み益を抱えています
それがあまりに身近なので"不動産を買えば儲かる"と思っている1次取得者が増え、熱気を感じ取った旧来の純実需層や投資家(プレイヤーの大多数は少なくとも不動産投資に関しては素人という気もしますが)も殺到し、現在の加熱したマーケットを形成していると考えています
個人的に、これは非常に特異なマーケットであると感じています
他の多くの投機資産において、完全な素人が大金を掴むケースが一般化することはほとんどあり得ないからです
似た時期に急騰した投機アセットの代表格である仮想通貨を触った経験のある方は多いと思いますが、大金を手にしてExitした方は少なくとも一般的ではないでしょう
ハイパフォーマンスを実現する投機アセットを早期発見し、意味のある額を投資し長期間ガチホするには相当な資金力とリテラシーが必要になるからです
一方で都内の不動産マーケットでは、この難題を2020年以前に住宅ローンを組むだけで結果論としては容易に解決できてしまいました
コロナ禍を理由に説明されることが多いですが、個人的には30年間続いたデフレによる巨大な認知の歪みがコロナをきっかけに是正されただけだと感じています
1.歴史的に見て、数十年単位で貨幣価値が一定である国や地域はかなり限定的であり、中長期的にはインフレするのが通常だが、長引くデフレにより日本人の大多数の認知が歪んでいた
2.フルタイム共働き世帯の増加による世帯購買力伸長が水面下で進んでいた
3.有史以来の歴史的な低金利での融資環境に多くの日本人が気づいていなかった
4.少なくとも2020年時点においては、世界都市の中で東京は相当割安だった
5.人手不足による将来的な建設コスト上昇に気づいている人が少数派だった
コロナ禍は居住性が高い家への評価を高めるきっかけにはなりましたが、価格上昇に耐えうる購買者および資金調達手段が多数存在しており、ある程度確からしいロジックに支えられた価格上昇が信用創造を生み、それが現在へ続いているというのが正しい理解であるように思います
少し話が逸れましたが、ポイントとしてはそれほど多様な要素が重なって初めて"全員が儲かる"程の巨大な認知の歪みが生じたのであり、少なくとも儲けるために不動産購入を検討する方は本来ならどこに認知の歪みが存在するか自問自答する必要があるのですが、コロナ前からの古参マンクラの方々は当然の基本動作として実践されているものの、現在のマーケット参加者の多数派はそうではなくなったと感じています
新築タワーマンションの商品戦略はどう変わるか
コア層からライト層へターゲティングの主軸が移る可能性が高いと考えています
ライト層が少なく買い替えサイクルの早い玄人を呼び込む必要があった不況期においては、一等地を仕入れ国内トップレベルの企画を立ち上げ、かつ価格妥当性を訴求する必要がありましたが、これだけライト層が多い市況においてわざわざ目が肥えた玄人を狙うのは短期収益の観点からは非合理だからです
一方、トップデベロッパー上層部が心の底からこの市況が永続的であると仮説立てている可能性は少なくとも現時点では低いのではないかと考えており、以上を踏まえるとこのような中期戦略が立案される可能性が高いのではないでしょうか
短期 : ライト層をターゲティングし向こう数年の収益を稼ぎ切り、余剰利益は不況期の備えに回す
中期 : 徐々に玄人を呼び戻し平時を取り戻す
その1手目の短期戦略ですが、不動産にそれほど明るくないライト層をターゲティングし収益化するとなると、大きく2つの方向性が考えられるのではないでしょうか
1.単価を上げる
- 未来価格を織り込んだ価格設定を常態化させユーザー側へ受け入れさせる
ex : ザタワー十条、豊海1期3次、すみふ全般
- 同時期販売する新築マンションの提供エリアを絞りエリア価値を上方誤認させる
ex : ブランズタワー橋本など東急全般 ※有名なのは三井だが近郊物件は比較的値付けが弱い
- ライト層へ値上げが分かりづらい売主オプションの単価設定を上げる
ex : 豊海オナスタはPTKのざっくり2倍で原価高騰では説明がつかない
2.原価を下げる
- 所有権の1割減ほどという新築定期借地権相場を常態化しユーザーへ受け入れさせる
ex : パークタワー笹塚、リビオシティ文京小石川
※定期借地権はターミナルバリューがマイナスなので、リセール価格から逆算すると70年設定の新築で所有権の6割前後が適正
占有部仕様を削る
ex : 2024販売の大規模新築マンション全般
残念ながら超富裕層向けを除いた今後発表される大規模新築タワーマンションはこれらのいずれか、もしくは複数が採用される可能性は高く、それはライト層がある程度マーケットから退場するまで続くと思われます
ライト層はいつ退場するのか
儲からなくなったら、と言いたいところですが人の欲目は深い物で、現実的には身近な誰かが破綻する光景が日常化するまでな気がします
そして個人的に私はその日を願っています 笑
(玄人向けの"儲からない"新築マンション相場を取り戻したいからです)
とはいえ、大多数の節度を守ったライト層は壊滅的な退場の仕方はせず、"思ったよりは儲からなかったね"くらいに収まるのではないかと思います
(真っ当な思考力のある方はそもそもリテラシーの低い領域でフルレバレッジをかけないので)
壊滅的被害を被るパターンはこの辺りかと思っており、いずれも身の丈を弁えておらず自業自得といった印象を受けるのではないでしょうか(なので当然ニュースになれど救済はされないと思っています)
1. 資産背景の無い1次取得で超割高な価格設定の低ニーズ部屋を背伸び購入し返済に詰まったケース
2.多少の含み益を抱えた二次取得が含み益オールインした背伸び予算で割高な価格設定の部屋を購入し、経済ショックで現居・住み替え先双方が2割減し破綻するケース
※特に現居先売りタイミングが悪いと悲惨
3.投資家()の方々がアクロバティックスキームで複数戸超割高部屋を掴み、期待利益が得られず手付金10%返せと揉めるケース
本日の豊海タワー1期3次の価格設定を見るに、早ければ3年〜5年くらいでこの未来が見えるかも…?という気もしてきています
あとがき・ディスクレーマー
上記はあくまで一個人の見解であり、特定の組織に属するものではありません
また、本記事を参考とした行動による如何なる結果についても責任を負うものではありません
個人的には当然逆の目(マンションに限らず日本国内が超インフレ)もあるかと思いますので、現時点での自身のポジションは10年に1度の経済ショックレベルの悲観シナリオに十分耐えうる安全率を保った強ロングになるよう設計しています
※仕込み期が違うので、これからロングして助かるとは言っていません
不動産は本来非常に奥深く、だからこそ何年経っても熱中できる大人の楽しみであると考えています
安易な不動産投資で不幸になる人が減り、玄人もマンションライフを満喫できる日常が戻ってくると良いですね