二次方程式の解法(実話に基づく作り話)
「納得がいかない」
まるで重大事件の判決に不服があるかのような深刻さで彼女は言った。
彼女の目の前には一枚の紙が広げられていた。
紙に書かれているのは、二次方程式の問題。
彼女はこの問題の解法に対して不服を申し立てていた。
「問1はわかるのよ。単純な因数分解でしょ。でも問3と問4はわたしには同じに見える」
「同じ?」
ぼくは彼女の言っていることがわからなかった。
彼女は言った。
「問3は単純に(x+8)²を展開して7引いて因数分解すれば、ちゃんと整数の解が出る。でも解答を見たら違うのよ。正解は、7を右辺に移項して、x+8=$${\sqrt{7}}$$として計算するの」
「そうだろうね」
「じゃあ問4も同じじゃないの?」
「は?」
彼女の言っていることは予想以上に意味不明だった。
彼女は続けて言った。
「本当は問3の解き方も納得いかないの。展開するとx²+16x+57なの。x²+16x+57=0なら、x²+16x+57という二次曲線がx軸と交わる点を出すのが本来の考え方なんじゃないの?」
彼女は図を描いた。
「ああ、それはわかる」
「でも正解は、移項して平方根として出さなきゃいけないのよ」
「平方根として出さなきゃいけないというか、それが一番簡単な解き方なんだよ」
「じゃあ問4も同じじゃないの?」と彼女は意味不明の質問に戻った。
「は?」ぼくは儀礼としてもう一度聞き返した。
「平方根として計算するものじゃないの?」
「できないよ。(x+1)(x-3)はどう見ても平方じゃない」
「でも問4は右辺に5がある。(x+1)(x-3)=5」
「うん」
「これは、左辺の解は5の平方根だっていう意味じゃないの?」
「何を言っているのかわからない」
「なんでよ」
「きみの言っていることが本当にわからない」
「わたしが言いたいのは、問3では平方根として計算するのが正解だったのに、問4ではおとなしく展開しておとなしく因数分解するのが正解なのは納得がいかないっていうこと」
論より証拠だ。ぼくはチャート式をパラパラめくって、このページを見せた。
「下の方に解法が書いてある。因数分解もできるけど、$${x²=\frac{3}{16}}$$だから、$${x=\pm\frac{\sqrt{3}}{4}}$$と考えた方が楽じゃないかな」
「たしかに」と彼女は肯いた。
「ついでに言うと、二次曲線の交点は今考えなくていい。きみは難しく考えすぎな上に、大事なことを忘れてる」
「これは因数分解して(x+4)(x+6)=0。解はもちろん、-4と-6。なぜだ? (x+4)と(x+6)のどちらかは0だから、だ」
「ああ」と彼女は小さく声を上げた。「そういえばそうだった」
それから彼女はチャート式のページを覗き込んで、言った。
「二次方程式を解けって言われたら、
左辺が因数分解できる式で、右辺が0だったら、因数分解する。
左辺がxの式の2乗で、右辺が0以外の数字だったら、平方根。
ってこと?」
「そう」
「で、最終手段が解の公式?」
「うん」
「わかった。考えてみる」と彼女は神妙な顔つきで言った。
「考えなくていい。覚えるだけだ、こんなものは」
彼女は何かが腑に落ちない様子だった。
「これはこういう文化なの?」
「文化?」
「文化だと思えばいいの?」
「難しく考えすぎなんだよ。これは至極単純な話だ」