小説『モールスオーパーツ』第5話「見掛け倒しのプロパティ」※イラスト付き

空中に突然現れた、黒い空洞。
そしてその中から出てきたのは、まるで『悪魔』とでも言わんばかりの装いに身を包んだ、人間に近い何かだった。

俺は「ひっ」という声を漏らすことすらも出来ず、ただ困惑の色を隠しきれなかった。

「え、、、あ、え......」

しかし、まごつく俺をよそ目に、宅野は右手に持った銀色の光線銃のようなものをしっかりと持って、その先の方...グルグルとした模様が集まった先端の部分を例の者に向けた。

「おい、悪魔。突然だが、この銃が見えるな」

突如話しかける彼の姿は、先程と打って変わって冷静さを少し欠いているようにも見えた。
しかし、一方で例の、黒い角と羽が生えた人間のような何かは、宅野の方をチラリと見て心底呆れたような顔を見せた。

「は?何だっつーの。せっかく地上に来たと思ったら、いきなり敵襲?聞いてないんだけど!」

明らかに腹を立てている。
身長は俺と同じぐらいで、身体付きも華奢だが、しかし背中に生える黒い羽根は非常に大きく凛々しい。角も腕の半分ぐらいのサイズ感はある。
腰に手を当て、彼は不機嫌そうな態度を隠さず宅野に対してこう吐いた。

「お前さぁ。調子乗ってんじゃん。そんな小せー銃で僕のこと〇せんの?」

宅野は動じない。変わらず銃の先を向け続け、引き金にも既に指がかかっている。
きっと、今にも撃つ気なのだ。

「何のためにここに来たと思ってる?〇せるし、〇すしかない」

尚、宅野の横には同様に銃を構える景文彩がいた。
彼女の目は黒い羽の方をじっと見つめ、ちらちらと周囲の環境を見渡している。

「太郎さん。話す必要なんてない」

しかし、彼女の一言で宅野の目元はピクりと反応し、「そうだね」とだけ返して、

「それじゃ、左様なら」

引き金を引いた。
すると、手に持ったオモチャのような銃の先端に、一気に白い光が集まってくる。
その間、2秒ほど。
集まった光がハンドボールぐらいの大きさになると、音すら立てず、先端からその光の玉が悪魔コスプレの男の方に凄まじいスピード感で飛んで行った。

しかし、羽の生えた男はその羽を生かし一瞬で空に飛び、放った弾を物の見事に回避してしまった。

「よっ」

バサッという音はしない。
飛ぶための羽であろうが、しかしフワリと広がる羽は音を立てることも無く、彼は余裕綽々といった様子で空中に飛んでいた。

「まずい」

宅野は随分と焦った様子だった。
それは景文彩も同様で、宅野が撃った直後避けられることを察知したのか、彼女もすぐに引き金を引いた。

銃声はやはり鳴らない。
直ぐに集まった半径50センチほどの光の球が、男目掛けて飛んでいく。
が、これもまたやはり、男はその弾を避けてしまった。

「よい、と」

「っ......!なんで......」

目線はだいぶ上、地上から五メートルほどの空中を舞う彼の姿は、さながら天使のようにも見えた。しかし、服装は完全に悪魔そのものだ。

「ふざけてんのかなー。こんなんじゃ、僕の心臓は貫けないよ」

宅野は反転、苛立った様子でもう一度彼に向かって銃を構え直し、言葉すら交わさずもう一度弾を放った。

「だーかーらー」

しかし、華麗な舞いを見せる彼はくるっと空中を一回旋回し、いとも簡単に弾を避けてしまった。
何度やっても同じだと、そう訴えかけるような素振りで、両手を脇に出し「やれやれ」とため息をついた。

「何度やっても同じだよ。君らの、その程度の攻撃。僕にとっては凄くスローに見えるな、その弾が」

宅野、景文はそれぞれがそれぞれの銃から弾を打ち続ける。
しかし、ガス切れと言わんばかりに、銃から出てくる光の弾は数を追うごとにそのサイズを小さくしていった。
しかも、二発動時に飛んで行ったとしても大して効力は発揮出来ず、やはり悪魔の装いをした男はその光の弾を全て避けてしまう。

フワリ、フワリと旋回を続け、しかもその旋回の範囲は広がっていく。
男からすれば、『その程度の攻撃』なのだ。
俺からすれば、えげつない速度で発出される弾は完全に避けようがないものに見える。
しかし、悪魔と呼ばれる男からすれば、本当になんて事ない攻撃法なのだ。

「なーなー。もしかして、これで対策してきたつもりかー?」

「くそ、、、何だってんだ」

宅野は完全に平静な様子を失っていた。
景文もかなり焦りを見せていて、何度やっても同じ結果になることにショックや動揺を隠しきれない表情でいた。
俺はただそれを見て呆然とすることしかできなかったから、とにかく虚しさだけが募っていた。
何も出来ない。抗戦に参加することも出来なければ、彼を倒す算段を立てることもできない。
しかし、そもそも彼は何者なのか。何故、俺は何も教えられないままここにいる?

「そろそろ、やり返しちゃお」

悪魔の男はそう言うと、右の掌をすっと前に出し、そしてこう続けた。

「ブラックアウト」

すると、その掌の上で、先程の光の弾とは対照的に、丸い形状ではあるが黒ずんだ色の弾が生成されていった。
あっという間に、弾は直径10メートル程の大きさにまで膨れ上がり、そして禍々しいオーラを放っている。

「さ、君らは退場ね」

悪魔の男はそう告げると、早速右の掌を突き上げて......

「ーーーいや、僕らにはまだとっておきの秘密兵器がある」

......宅野は、まだ諦めていない様子だった。
彼はいきなり、持っていた銃を俺の方に持ってきて、すぐさま俺の右手に寄越したのだ。
俺はただただ困惑する一方で、何も知らないままよく分からない武器を渡されて、どう対処すればいいのかも分からない。
しかし、

「さあ、梶野秋くん。君の出番だ、申し訳ないけど」

宅野はそう強制してくるのだ。
この人、信用ならないな......と思いつつも、とにかくこの状況をどうにかしないとこの先の俺の未来が好転しないことだけは分かっていた。

「ちょ、え?ありえないっすよ、マジで......」

そんなやり取りも束の間、悪魔の男は右手を振り下ろした。
すると、空に浮かんでいた黒い球体がこちらに向かって一目散に飛んでくる。

「引き金を引いて!」

宅野の声がけに対して、何でだよ!と反抗する隙も無かったし、うわー!とか叫ぶ暇さえ無かった。
ただ、このままだと多分死ぬな、と直観的に思ったから。
ただそれだけの理由しか無かったのに。
俺は言われるがままに、片手に持ったオモチャの銃の引き金を引いてしまった。

「意味分かんねえっつうの!」

カチャ。
その引き金の音だけが、聞こえた。

すると、やはり銃の先端に光が集まってくる。
しかし、驚いたのはその集まってくるスピードと量だった。
ものの一秒ほどで、あの黒い球と同じぐらい大きい、直径10メートルほどの光の弾が生成されたのだ。
その瞬間、俺はこれまでの事について、何となくだが、言葉には出来ないが察しがついた気がした。

きっと、この為に、呼ばれたのだ。
俺は今のために、散々変なことに巻き込まれたのだ。

「もう、どうにでもなれ!」

そう言いつつ、巨大に膨れ上がった光の弾は、黒い球に向かって目にも止まらぬ速さで飛んでいった。
光の弾は、黒い弾以上にサイズ感がデカイ。
余りに一瞬の出来事だったものの、悪魔の男は完全に同様の色を隠しきれない様子でいた。

「......は?ま、待て。待て待て。嘘だろ、アイツら、位の低そうな......何で、あんなのが紛れ込んでる?おいおいおい」

しかも、光の弾は大きいだけではなくその威力も凄まじかった。
あっという間に黒い球を外側から包んでいき、ぶつかった表面は黒い弾の全体を侵食していく。
そして、瞬き数回の間に、完全に黒い弾の方を飲み込んでしまっていた。

「あー。これ、ヤバいじゃん!」

空中に向かって止まることを知らない光の弾は、果てしなく強い推進力で悪魔の方に向かっていく。

「ひっ」

悪魔の男は諦めの表情を見せることすら、逃げることも当然叶わず、正面からその光の弾を全身に受けてしまった。

「うわっ!」

すると、光の弾はあっという間に悪魔の男の全身を包み込み、弾の中に男をしまい込んで、

「待て、待て、待て、聞いてないぞ、こんなの......」

悪魔の男の断末魔すら聞こえない程のスピード感で、弾ごと全て弾け飛んでしまった。

それは圧巻の景色だった。
光の弾は弾けた瞬間分散し、それぞれが10センチにも満たない大きさになって空中を舞っている。
光の雪景色、とでも言えばいいのか。
何となく、綺麗な気がした。

それに、悪魔の男はもう目の前から姿を消してしまっていた。
奴がどこに消えてしまったのか、俺は皆目検討が付かなかったものの、とにかく討伐に成功したことだけは確かだと俺は認識していた。

宅野と景文が両脇に駆け寄ってくる姿も、俺にはイマイチよく分かっていなかった。
だって、余りに非現実な出来事が立て続けに起こってしまっていて、その処理がまだ追いついていない。

俺は一体、何者なんだろう。
頭の中の全てが、浮かんでくる疑問を回収して並べるだけに使われていた。

この先、どうなっていくのだろうか......。
慈悲すらも湧かない一連の流れに、ただ心配の気持ちが募っていくのだった。

続く

光の弾を悪魔に浴びせる梶野秋

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