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誇りの音 布づくりの静と動ー動編ー

カラコロカラ、カラコロカラ。
とうてい無理だ、私には。

この気高き誇り、軽やかなスピード、阿吽のリズム、砂に吸い込まれる乾いた音、鮮やかさと力強さ、そしてえも言われぬ優しさと。
彼らの発するこの凄まじさ、絵と文章という二次元の世界で表現しつくすなんて、できっこない。


ほのかなオレンジ色のさらりとした砂土を、ぺたんこのサンダルでしゃりりと蹴りながら歩いていくと、スピード感のあるカラコロカラ、カラコロカラ、という音が近づいてくる。素朴な打楽器を打ち鳴らすような、幾重にも重なり響く音。すすむにつれ、木の柱で屋根を支えた一軒家ほどのスペースが見えてくる。屋根の下には木でできた機織りが数台、左右に分かれて向かい合わせに置かれ、男たちが座って作業をしている。左右の間は10メートルほど離れており、その間には機織り機から伸びた、鮮やかな山吹色や青色のたて糸の束がぴぃんと張られている。

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高鳴る胸を押さえながら、しゃりしゃりと砂土の音を立てて彼らにゆっくり近づいていく。
カラコロカラ、カラコロカラ、の輪郭がだんだんはっきりしてくる。そばに近づいて彼らの手元を覗く。頭や腰の位置は固定したままに、腕、手首、指先を目にも止まらぬスピードで勢いよく交差させ、イエロー、オレンジ、レッド、ブルー、グリーン、ホワイト等のよこ糸をシャトルでささっと通しながら、巾の細い布を走り抜けるように織りあげている。
せり上がるような太い二の腕に似つかわしくないほどの、滑らかで繊細な動き。図面や指示書などはなく、自身の手と頭だけを頼りに微塵も迷いを感じさせないスピードで、きっちりとした幾何学模様を描き出していく。

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深みのある艶やかな肌、潔く刈り上げた頭、集中しながらも力みのない肩、根を下ろした尾骨の上に、すっと伸びる美しい背筋、そして手を止めずに時々こぼすゆとりあるおしゃべりと笑い声。

あまりにスピーディに全身を使う動きのせいか、スポーツ競技のように感じられる。と同時に個人作業ではあれど、オーケストラのようにひとつのチームとなってみんなで作りあげているようにも見える。それぞれのカラコロカラ、カラコロカラ、が一体となって重なり響き合う。
鶴の恩返しのひそやかさとは真逆の、こんなに力強くリズミカルで楽しげな機織りの世界があっただなんて、想像すらしたことがなかった。

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彼らが織っているのは、ケンテという王族のみが身に付けることを許された特別な布。幅は15cmほどしかない細長い生地で、しっかりと目の詰まった織りであるのが特徴的だ。これとよく似たものを見たことがある、と考えていたらサッカーチームのスポーツマフラーだと思い当たる。細長いままだけではなく、横に並べてかがり幅広の生地にして、ゆったりと纏う王族衣装を仕立てたりもする。そしてこのケンテは、男性しか織ることが許されていない布でもある。

日本の織物のように、もとから幅の広い生地も西アフリカに存在するが、それらは自家消費する日常使いの布としてケンテとは明確に区別されており、女性が織るものとされているらしい。また、ケンテは一般の人にとっても憧れであり、ケンテ柄を模したプリント生地を纏う人々やマーケットで売られている様子をよく見かけた。

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「おう、どうだおまえら、ちゃんとやってるか」とでも言わんばかりに工房のオーナーと思しきおやじさんがゆったりと登場し、どっかりと丸太に腰を下ろす。西アフリカでは男性でもよく見かける、アフリカンプリントでできたカラフルな仕立て服を着ている。

「よーうおやじさん、もちろんだぜ!」手を止めずニコニコと明るい声を返す彼らにおやじさんは目を細め、それからあたりをくるりと見渡す。若き職人たちのたゆまぬ動きと共にくりだされる、スピードの速いカラコロカラン、カラコロカランの音が、心地よい風にのって運ばれていく。ふとおやじさんの視線の先を追うと、オレンジ色の道の奥に広がる緑の低い山、学校帰りの子どもたち、三人乗りしているバイク、軒先でゆっくりうちわを仰ぐ人、パラソルの下でパンを売る人、そういったトーゴのパリメの生活がひとつずつ、ゆっくりと目に入る。


カラコロカラン、カラコロカラン。
永遠に見ていたくなるような、迷いのないなめらかで楽しげな手つき。ずっと身を置いていたくなるような、軽ろやかにさざめき合う音。王族の布を織る職人たちの、誇りに満ちた音と動きと喜びのふるえる波動。

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そういったものを絵筆で描き取るなんて、テキストに書きつけるなんて、そっくりそのまま写し取ってみるだなんて、もちろん到底できるわけがない。

分かっていても諦めきれず、手を変え品を変えみたび描く。カラコロカラン、カラコロカラン、を何度も何度も何度も何度も何度も頭の中で聴き返しながら。

そうやってもう一度、彼らの誇りの音へ手を伸ばす。

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