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命は愛する人のためのもの 【燈の記 #1】

笑顔の肖像画を「和顔鑽仰」と題して描き続け、初めての個展を開催した。その個展会場で、
年上の私が先に逝った後でも、家内が寂しくなく、私と一緒に楽しく暮らせるような肖像画を描いて欲しい」と彼は言った。

描く姿は、趣味と言える日本酒を晩酌している姿。
仕事柄、転勤が多く、各地の日本酒を楽しんでいるうちに趣味となった。
退職後は、妻が用意する肴を味わいながら嗜んでいる。
妻にとっても、その姿の私が、ずっと側にいて欲しい姿であろうと思う。
そう話す彼の隣で、奥様が優しげに微笑んでいるのが印象的だった。
彼との毎夜の晩酌は、奥様にとっても楽しい時間だという。

井戸様

もしもの時は必ず訪れる。
その時に、奥様が寂しくない画を描く。
彼の手にしている徳利とお猪口は、
形・色合い・肌触りが一番のお気に入りだといった。
その感触やその心地よさに手が馴染んでいる感覚を描こう。
そこに彼の日常にある幸せが描き留められる気がした。
その日常の幸せこそが、奥様の幸せでもあるからだ。


彼は、描いた画を見てこう言った。
私がいなくなった後、この画で私は妻と一緒に暮らし続けます。
 そして、妻にもその時が訪れた時、一緒に荼毘にふしてもらいます。

描いたこの画は残らない。
彼らと一緒に旅立っていく。
彼は描いた私に申し訳ないと、謝りを入れてくれたが、
とんでもない。
画が、お二人の大切な分身として存在できた証だ。
ただ、もしもの日は、遠い遠い先であることをいつも願っている。


※肖像画掲載はご本人に許可をいただいています。

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