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あなたの強さを忘れない。がん・ゴシップとの戦い…「生粋のファイター」シャナン・ドハーティーの思い出


朝起きて、女優シャナン・ドハーティーの訃報を目にした。シャナンは、海外ドラマを好きになるきっかけを作った人だ。
もちろん実際に会ったことはないが、彼女にはとてつもなくシンパシーを感じる何かがあった。その何かについて、今、書いていこうと思う。

始めて見た海外ドラマ『大草原の小さな家』でシャナンと出会う


ジェニー役のシャナン・ドハーティー

シャナン・ドハーティは、1971年テネシー州のメンフィス生まれ。10歳の頃から子役としてテレビドラマに出演し、11歳で当時の大ヒットドラマ『大草原の小さな家』シーズン9(1982)のレギュラーに抜擢される。

主人公のインガルス家に引き取られる少女ジェニー役なのだが、彼女を始めて見た時に衝撃を受けた。
「世の中に、こんなにかわいい女の子が存在するのか!」

1980年代の日本でアメリカのドラマを視聴する手段は、テレビで放映されたものを見るしかなかった。配信サイトなど微塵も存在しないし、DVDもない。かろうじてビデオテープが一般的になろうとしていた時代だ。

『刑事コロンボ』や『奥様は魔女』などのアメリカで大ヒットしたドラマは、本数は少ないが、日本のテレビでも数年遅れで放送されていた。
『大草原の小さな家』(1974ー1983)はNHKで放送されており、日本でも大ヒットしたファミリードラマだ。

始めて見た海外ドラマは、『大草原の小さな家』だった。
ちょうど夕飯時に放送されていたので、祖父と祖母と母親と家族でごはんを食べながら鑑賞するのが心底楽しみだった。

シャナンはシーズン9に登場するが、『大草原の小さな家』の終盤期で、主人公のインガルス一家の父親チャールズが、やたらと養子として子供を引き取る時期だった。その中のひとりが、ジェニー(シャナン・ドハーティー)だった。

おさげ髪のジェニーのかわいらしさの衝撃は、いまでも目に焼き付いている。
チャールズ役で番組の制作者でもあるマイケル・ランドンが、シャンナンの子役デビュー作『Father Murphy』を見てスカウトしたらしい。それほど、華のある子役だった。

「あ!ジェニーの子だ!」『頑固爺さん孫三人』での再会

『大草原の小さな家』の放送終了後も、NHKで放送される欧米ドラマの魅力にハマり、その後も『こちらブルームーン探偵社』『シャーロックホームズの冒険』などを鑑賞していた。

そんなとき、次のドラマはこれ!と紹介されたのが『頑固爺さん孫三人』(1986-1988)だった。ウィルフォード・ブリムリー主演のドラマで、息子を亡くした爺さんが、ティーンの孫三人を引き取り面倒をみるというジェネレーションギャップが面白いドラマだった。

三人の孫の一人クリスという女の子を見て、「あ!ジェニーの子だ!」と思わず叫んでしまった。
そうだ、役者なんだから、ジェニー以外の役もやるのだろう。
だけど、アメリカの女優さんだから、普段はどんな活動をしているのか日本にいる私には、まったく情報が入ってこない。
インターネットもない時代だし。

あの西部開拓時代のおさげ髪だったジェニーが、ティーンエージャーとなって現代の女の子の役をやっている姿に驚いたのだ。
「またジェニーの子をテレビで見れるのがうれしい」
その時始めて、シャナン・ドハーティーという彼女の名前を覚えた。

クリス役は、勉強熱心な優等生という感じの役柄で、大草原のジェニーが成長して、現代だったらこんな感じだったのかな?と想像させるキャラクターだった。
シャナンは、その後もウィノナ・ライダーやクリスチャン・スレーターと共演した映画『ヘザーズ』(1988)に出演し、女優として知名度をあげていった。

ビバリーヒルズ高校白書への抜擢 ブレンダ・ウォルシュ役


ブレンダ引っ越してきたばかりの頃

シャナンは、子役としての知名度もあり、1990年『ビバリーヒルズ高校白書』の主人公の双子の一人に抜擢される。ビバヒルは、当初双子を中心としたウォルシュ家のファミリードラマ的な狙いで製作されていた。

ミネソタからビバリーヒルズに引っ越してきた一家が、セレブリティとの価値観のギャップを感じつつ、周囲に流されずに成長していけるか
というストーリーのように、少なくとも第1話では感じた。

『ビバリーヒルズ高校白書』は、アメリカのドラマ史においても、重要なターニングポイントを担う作品だ。
ファミリードラマのジャンルに、10代の妊娠、薬物、銃などの社会派の要素を盛り込んだ画期的な内容だった。
また、今までは子役と呼ばれていた10代の俳優のことを「ティーンアクター」として扱い始めたドラマでもある。

これは、ブランドン役のジェイソン・プリーストリーもインタビューで言及していて、「ドラマスタート当初は、10代の俳優は子役と認識されていた。でも、ドラマの大ヒットによって、僕たちをアクターとして認めて、ギャランティーや振る舞いを含めて、見直さなければいけない状況になった。ビバヒルは、おそらくティーンの俳優を一人前のアクターとして扱った初めての作品だと思う。」

つまり、番組スタート当初は、子役扱いだった俳優たちは、熱狂的なドラマ人気とともに、いつの間にか一人前の俳優として扱われることにシフトチェンジしていったのだ。

このことは、ブレンダ役のシャナン・ドハーティにも大いに影響を与えたのではないかと思っている。

「自分だってすごい」という主張を曲げないブレンダは嫌われていく


垢ぬけたブレンダ

ビバヒルがNHKで放送されると知り、「シャナン主演のドラマが放送される!」と喜んだ。だが、第一話を見て、少しだけショックを受けた。
シャナンが演じるブレンダは、学校一かわいい女の子という設定ではなかった。

当時の私の中でのシャナンは、最高にかわいい子だったのだが、ドラマの中のブレンダは、ミネソタからカルフォルニアにやってきた子だ。
ビバリーヒルズのお嬢様たちの中では、少し異質の存在で、役柄として服装も髪形もダサく設定されている。
ウェストビバリー高校には、想像以上に洗練された美女がたくさんいる。
美容院に毎週通い、セットしたり縮毛矯正したりしもできるし、服だってモールで値段を気にせず購入できるし、何なら整形だってしている。
その中でも、群を抜いて人目を惹く美女がケリー・テイラーだ。
金髪で細身の体で美しい容姿。誰もがふり返ってしまう学校一有名な女の子。

私も、この設定に流され、「ブレンダだって、髪を美容院でなんとかすれば、もっとかわいくなる」と思ってしまった。
ケリーとブレンダを比べてしまった。

この、ケリーとブレンダを比べるということを、誰もがやってしまったのだ。おそらくは、ブレンダ役のシャナン・ドハーティー自身も。

10代後半になると、自分の存在をもっと世の中に認めてもらいたいという承認欲求のようなものが強くなってくる。特に容姿や自分の能力に自信を持っていた人は、学校以外のもっと広い場所に出ると、必ずしも自分が一番ではないことに気づく。

これに気づいてから、どうやって人とかかわっていくかというのが、社会性というものなのでは?と今では思うが、当時はそんなふうには考えられず、ひたすらショックを受けていた。

だから、ブレンダのショックや葛藤にものすごく共感した。
ブレンダは、容姿や実家の財力を含めて「ケリーのようになりたい」と思いつつも、「いや、自分は自分で美しい」と認める気持ちとの葛藤でいつも心が揺れていた。

厄介なのは、ケリーと親友になってしまったことだ。
あこがれているケリーが好きだし、そんな彼女から好かれている自分に、存在意義を感じる。
でも、ケリーには何一つ勝てる気がしない。

そんな相手が身近にいると、人は道に迷ってしまうだろう。
自分自身の存在価値が分からなくなる。

ブレンダは、いつもケリーと自分を比べ続けながら、自分を保とうと葛藤し、見失った自分という存在を取り戻そうとしていた。

この心の動揺に、当時10代だった私も、ものすごくシンパシーを感じた。

「人と自分を比べるのではなく、今の自分と過去の自分を比べるのです」という進言が腑に落ちたのは、あれから何十年も時を経た最近のことで、10代の余裕がない精神状態では、「人と比べるな」と言われたって無理な相談だ。

ブレンダは、親に反発するようになり、どんどん扱いずらい子になっていく。その姿は、『大草原の小さな家の』ジェニーのように可憐でもなく、『頑固爺さん孫三人』のクリスのように聡明でもない。

でも、私は、わがままで扱いずらいブレンダが一番好きだった。
ブレンダは、決してあきらめない。
「ケリーは美しいし、誰もかなわない」と信じ込んで生きる方がラクなのに、ブレンダは、「私だってかわいいし魅力がある」という主張を決して曲げない。

自分の存在を「私だってすごいのに、だれも信じてくれないし、知ろうとしない」と正々堂々と言葉にできる勇気と無謀さをもった女性だ。

彼女は、ファイターだった。
誰もが屈している状況の中で、自分だけは自分を信じ主張し続けている。

奇妙なことに、ブレンダ役のシャナン・ドハーティーも、役柄と同じような状況に追い込まれていく。

ディーバというバッシング 嫌われ者のレッテルを貼られた20代前半


ケリー・テイラー役(ジェニー・ガース)

シャナンは、ケリー役のジェニー・ガースとバチバチの仲になっていく。ジェニーは、ビバヒルがほぼデビュー作といっていい新人だったが、番組がスタートするや彼女の人気は爆発的に広がっていった。

セレブの娘で好き勝手できるものの、親の愛情に飢えているという設定は共感を呼ぶし、その美しさと、気が強くワケアリの少女というキャラクターも魅力的だった。

主役はブレンダとブランドンだったが、二人をしのぐ勢いの人気になっていく。そうなるとブレンダ役のシャナンは面白くないだろう。

シャナンの心のケアの部分を、どれだけやっていたのだろうという疑問は残る。当初は子役扱いしていた19歳の女性が抱えていた心の葛藤を受け止めて、アドバイスをくれる人はいたのだろうか。

シャナンとジェニーのバトルは、面白おかしくゴシップとして拡散され、いつしかシャナンは、わがままな「ディーバ」というあだ名をつけられ、いつもバッシングされていた。

そのころ、遅刻も多くなってくる。シャナンの言い分によれば、当時結婚した人が、薬物の問題を抱えていて、その世話をするために時間通りに動くことが難しかったそうだが、当時はそのことを周りには黙っていた。

シャナンをかばっていたブランドン役のジェイソン・プリーストリーも、見放さざる負えない状況になっていく。

ブレンダ役のシャナン・ドハーティーは、シーズン4で降板することになる。事実上のクビだった。

今振り返ると、シャナンはなぜあんなにバッシングされたのだろう。
明らかにドラマ内の役柄に引っ張られて、だれもがブレンダVSケリーのバトルを楽しんでいたようにも感じる。

本来は、ドラマの中と外では別人格のはずだ。だが、ビバヒルは世界的に大ヒットするドラマとなっていた。
出演俳優たちは、日本でもヨーロッパでも「ケリーだ!」と顔をさされる。
もう一人の人気キャラクターだったディラン役のルーク・ペリーも、「母親は田舎の人間なので、驚いてしまうから実家には行かないでほしい」とファンにお願いしていた。ファンがルークがいるわけもない実家に殺到してしまうほど、ドラマの役柄とプライベートとの区別がつかない状況になっていたのだろう。
人気が過熱するとともに、ブレンダはドラマの中でも嫌われ者になっていった。

だけど、これだけは言っておきたい。
わたしはブレンダが好きだった。
主流ではないかもしれないが、世界にはブレンダ派の人はたくさんいる。
決して自分を見捨てず、戦い続けたブレンダを、人生のファイターとして尊敬している。

がんとの闘い 生粋のファイターだったシャナン・ドハーティー

ビバヒル降板後も、シャンナンは、魔女の血をひく三姉妹の一人として『チャームド』に主演する。このドラマもヒットしたが、ここでも同年代の女優アリッサ・ミラノとの確執問題が生じた。

アリッサも、子役として人気が出た女優なので、ここでは元子役同士のライバル意識のようなものがあったのかもしれない。

シャナンは、シーズン3で番組を降板することになる。こちらもクビだ。

アリッサは、今回のシャナン・ドハーティーの悲報を受けてこのようなコメントを発表している。

シャナンと私の関係が複雑だったことは周知の事実ですが、彼女は私の心の奥底で深く尊敬し、畏敬の念を抱いていた人でした。彼女は才能ある女優で、多くの人に愛され、彼女がいなければ世界は成り立ちません。彼女を愛したすべての人にお悔やみ申し上げます。

エンターテインメントウィークリー

ありがとうアリッサ。
きっと嫌な思いもしたとは思うけど、シャナンがファイターであったことは認めてくれているんだろうと思う。

ちなみに、ケリー役のジェニー・ガースとシャナンは、すでに和解し、ドラマでも再共演している。

シャナン・ドハーティーは2015年に乳がんと診断され、放射線治療を受け、頭髪をそった姿を公にし、闘病の姿を世間に公表していた。
2017年には寛解状態にあると発表していたが、再び再発し転移もしてしまう。
だが、治療を続けながら、ドラマ『ビバリーヒルズ再会白書』(2019)にも出演して元気な姿を見せていた。

しかし、2023年がんが、脳に転移するという厳しい状況に。
そして、9年の闘病の末、2024年7月13日に53歳で永眠した。

がんと闘う彼女の姿を見てきて、強い人だと思うと同時に、マイケル・ランドンのことを思い出した。

『大草原の小さな家』の制作者で主人公のチャールズ役のマイケル・ランドンは、1991年、膵臓癌で死去している。54歳だった。
当時はまだがんは不治の病で、「がんであること」を発表するのは珍しいことだったが、マイケルは闘病中であることを公に発表した数少ない有名人の一人だった。

当時、「マイケル・ランドンなら絶対にがんに勝てる!」という根拠のない希望を、私を含めた多くの人が抱いていたように思う。
結果的にがんに負けてしまい、数カ月後にマイケルが亡くなったときには、衝撃的にショックをうけた。

病気にはマイケルのようなヒーロー的な人でも、勝てないんだという虚しさを感じた。

でも、あれから30年以上たち、シャナンのがんとの戦いぶりを見てきて、今感じるのは、彼女はがんに負けたわけではないということだ。

ファイターとして病気と闘ってきてはいたが、結果的に亡くなることが、負けとはいえないのではないだろうか。

あんなにも勇敢に戦った人に、負けの称号を与えたくない。
負けず嫌いのシャナンなのだから、なおさらだ。

シャナン、あなたの戦いぶりは、私の胸の中にいつまでも残っているよ。
自分を曲げなければいけない状況になっても、一度自分の中のブレンダを呼び起こし、本当にそれでいいのか確認するようにするね。

もし、今後、病に侵されることがあっても、シャナンががんと闘ってきた9年間を思い出して、自分も勇気を奮い立たせてみる。

ありがとう、生粋のファイター、シャナン・ドハーティー。
いつまでも忘れない。


海外ドラマライター峯丸ともか

※もっと多くの人に読んでもらいたくて、7/17にタイトルを変更しました。
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今年制作した「海外ドラマ時代を彩る5人のヒロイン」
の中にも、ブレンダのことを取り上げています。
よかったらお読みください。


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