自分のためのヨガ
ヨガ講師養成学校に勢いで飛び込んで、そのまま突っ走って最短で上級コースまで卒業した頃。
ヨガ講師の先輩でもある親友から、「みねぎょん(私の呼び名)は、誰かのためとか何かのためのヨガじゃなくて、自分のためにヨガをやりなよ」って言われたんですよね。
実際、私のヨガは常に外向きだったんですよ。名付けて「自分不在ヨガ」。
私の場合、
単に
→ヨガっていい!楽しい!
→ヨガの講師資格取りたい!
という通常の内側から湧き出るような情熱からの資格取得ではなく、「ヨガの資格を取る」というゴール設定からの資格取得の道だったので、「自分のためにヨガを楽しむ」という体験がすっぽり抜けてたんです。
さらに、ヨガ講師学校の講師認定コースTT1がスタートしてからは、常にヨガは「こなさなければならないタスク」だった。
「卒業のために授業に行かなきゃ」とか「シークエンス作らなきゃ」とか、「RYT200申請のための練習時間とらなきゃ」とか。
なので、ヨガについてFor funとかFor meっていう感覚がうすくなっちゃってたんですねきっと。
それが1年のブランクをはさみ。ホットヨガという未知の体験を経て、単純に「行きたいから行くヨガ」という感覚を今になって味わい倒しています。
もちろん、何かの体験の意味が、都度変わっていくことなんてよくあるわけで、あの頃の私の「自分不在ヨガ」は別に不正解とかいうものではない。
ヨガとの関わり方に誰かの決めた正解があるわけじゃない。
ただ、もし今、ヨガがタスクでしかないあの頃の私に会えるとしたら、まさに親友が私に言ったように、自分のためのヨガという視点を提案したいかも。
今やってるヨガが本当に自分にとって必要なのか。そうでもないなら急がなくてもいいのかもよ、と。
自分に向き合い自分を満たす。これがヨガの本質だと思うからね。
自分軸を外れたヨガはもしかしたら長い目で見ると自分を辛くするかもしれない。
意味を問い続けよう。