見出し画像

らしさっていったい、何?

先日このような記事が出た。

そしてこの記事が出たと同時に色んな人たちがこの出来事に対して見解を述べていた。その大半が「スポーツ選手として望ましくない。」「プロとして恥ずかしい。」「子供たちもみているのに。」という意見であるし、実際にラケットを提供しているYONEXも公式に見解を表明している。

僕はこの流れを見た時に「極めて日本的だなぁ。」と感じ、同時に少し違和感を感じた。

いや、明確に違和感を感じた。


違和感の正体

前提として話をしておく。

僕はこのラケットを破壊するという行為自体の全てを[肯定をするわけではない]という事を伝えておきたい。

そしてYONEX側の見解への理解は出来る。それは大坂なおみ選手にとってスポンサーであるからだ。いつ何時スポンサーというのは有難い側面もありつつ、足枷になる場合もある。例えばテレビドラマでは、自動車メーカーがスポンサーになる場合は脚本内で交通事故は起きない設定になるし、医薬品メーカーがスポンサーであれば毒殺事件は起きない。表現上の自由がこれにより奪われているのであればそれは[足枷]と言えるだろう。メリットとデメリットのトレードオフを理解する必要がある。


つまり個人的見解として

YONEXのラケットを破壊するという行為自体はスポンサーに対してはやってはいけない事である。


ただ一方

ラケットを破壊するという感情の揺れ動きは否定するものでは無い。

と痛烈に感じた。



まずはその違和感の正体を自分なりに言語化していく。

そもそもスポーツというのは娯楽であり、楽しいものである。そして大抵それは勝利する者と敗北する者に分かれる。その段階で勝つことで楽しさを感じる人間は出てくるだろう。そうすると負けることで悔しさを感じる人間もいる。

それの最果てで戦っているのがプロスポーツ選手であるとしよう。

勝つことで評価を受け、勝つ事でしか道を切り拓くことは出来ない。

負けることは大袈裟に言うとアスリートにとって[死]を意味する場合もある。

つまりアスリート=スポーツをした上での結果が全てであり、その結果を果たすために全てを賭けている。

ではアスリートとメンタルの関係はどうか?

メンタルが大きく揺れ動くのはスポーツ中とスポーツ後である。特にスポーツ後に関してはその結果を受けてのメンタル反応として、自身の行動に影響を与える。

つまりアスリートとメンタル(感情)は常に隣り合わせであり、上手く付き合っていかないといけないものである。

メンタルコントロールとは自分の感情をポジティブな結果に結びつくように持っていくことなのだ。そして感情的になる方が力を発揮できる選手がいることも事実であり、感情を抑え冷静になる方が力を発揮できる選手もいる。

なので大坂なおみ選手がこの行動を取ってしまったことに関しては、少々仕方がないのでは無いかと感じてしまう。何故なら大坂選手は故意にラケットを破壊することに快感を感じているのではなく、スポーツ後の結果としての反応がラケットを破壊することに繋がっているからだ。

(※一応言っておくが、では感情的になれば何をしてもいいのか?と言う意見があるかもしれないが、もちろん対戦相手を殺すなどとは当たり前だが絶対にやってはいけない犯罪行為だろう。どんな行動を取ってしまい、どんな行動は制御できるかがポイントだ。)


問題はここから。

それにも関わらず、大坂選手の感情に寄り添うことなく、その行為自体を否定する意見があまりにも目についたことが、僕の感じた違和感の正体なのだと思った。そこに混じる人種差別やヘイトは論外だが。


日本の道徳心は世界と繋がっているのか

スポーツにおいて感情という要素は取り除けない。

そして時にその感情は自分の知らない自分を見せ、想像を超える力を発揮する。

この言葉が正しいかどうかは分からないが、[いい子]では世界に勝てない。

そして何事も人生と命を賭けている奴は強い。

善も悪もなく。覚悟が決まった奴が一番強い。

それがアスリートなんだと思う。


感情の動きとそれ故の行動に寄り添わず、良い悪いで判断できるのか?

その良い悪いの基準は、日本人だからこそ道徳的になる側面がある。

本当にその道徳心=スポーツマンシップということは正しいのか?


サッカーに置き換えた時、1点差でリードしている後半、勝っているチームの選手交代で走って交代しようとする。そしてその行動が賞賛される。


本当にそれが正しいスポーツマンシップなのか?

僕には分からない。


その道徳心をスポーツに持ち込んで賞賛する姿勢が、本当の違和感の正体なのかもしれない。

だからこそラケットを破壊するという行為は、道徳的にやってはいけないことだから批判している。

そして感情に理解を示さずに、否定を続けることで徐々に感情を押し殺すことになる。

スポーツだけではなく、この今のピリピリとした日本社会がそうなのかもしれない。

そしてその人たち自身から大切な何かが失われているような気がしてならない。改めて感じるが日本という国は海に囲まれた島国だ。

その角を曲がった先に、世界は繋がっているのだろうか?



いいなと思ったら応援しよう!

峯上 裕樹
これからも自分以外の【誰か】や【何か】のために、少しでもその方々にとって有意義なものを作っていきたいと思います。楽しみましょう!