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てんてんてんしょく ②クリーンスタッフ

幼稚園教諭を1年で辞めて、しばらくボンヤリしていた。

父の借金があったというのに高い学費を出してもらって卒業した短大。自分が専攻したはずの児童教育の仕事に対して真剣さがなかったこと。自分の人生を真剣に考えてなかったこと。働くことへの意識の低さ、自分のプライドの高さと卑屈さ、いろんな気持ちが入り混じってぐちゃぐちゃな気持ちになっていた。


しばらくボンヤリしてたけど働かなければならぬ。でも働くことへの意識の低さに自信を無くして何をしていいかわからない。そう思ってるところに、震災で打撃を受けた神戸のデパートのリニューアルオープンに向けて、イメージアップの為に若い女性の清掃スタッフを募集する求人広告を見つけた。


ちなみに阪神大震災で神戸そごうはこんな被害を受けていた。

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それから1年半後のリニューアルオープン。

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すっかり自信を無くしていたし、人と関わる仕事ではなく黙々と働きながらこれからを考えたかったし、自分の再起とそごうの再スタートを重ね合わせてみたくて応募したら採用された。

清掃の制服は白いポロシャツにエメラルドグリーンのつなぎみたいなズボン。そしてサンバイザーみたいな帽子だった。

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↑画力無くて申し訳ないが、当時は清掃員のイメージを良くするようなちょっと可愛らしいデザインだった。

仕事はデパートの店内のガラス張りのドアの拭き掃除や、トイレ・出入り口の清掃を循環して行う。そんなにハードなものではない。清潔に黙々と仕事をすれば良い。私以外にも20代の若い女性がクリーンスタッフとして働いていた。割と可愛い子が多くて、なるほどイメージアップなんだかと思った。好んでクリーンスタッフをする女子たちなので、みんな真面目で単独行動好きでほどよい距離感が心地よかった。


若い女性が清掃員をすることでイメージアップを図る狙い通りに好意的に見られることもあったが、物珍しい好奇の目で見られたり哀れみの目で見られることもあった。


ガラス張りのドアの拭き掃除をしていたら「おじさんの顔も拭いて」と言われたり


声をかけられ、真剣に「あなたみたいな若い女性がこんな仕事を何でしているのか? もっと良い仕事があるはずだ」と言われたり

声をかけられ無くても可哀想な目で見られることもあった。


1番ショックだったのは、働いていた幼稚園の父兄と子どもに出くわした時で、すごく悲しそうな顔をされて胸が痛んだ。


クリーンスタッフをしながら、Macを覚えたくて始めた掛け持ちバイトの比重が高くなって辞めてしまったが、決してこの仕事が嫌いだった訳ではない。しかし私が辞めてしばらくしてから、クリーンスタッフから若い女性が居なくなったので、他のみんなもそれぞれの道に行ったのかなと思う。


ひとつだけ、めちゃくちゃ思い出深い出来事があった。

従業員の女子トイレを清掃してる際、3つあるトイレの真ん中のトイレがいくら待っても閉まっている。ノックをするとノックは返ってくる。中の人は大丈夫なのか気になって、ずっと待っていたら、トイレのドアの縁取りみたいな金具に反射して中にいる人の頭部が映った。


ハゲだった。


「痴漢がおる」

そう確信した。


これは現行犯で捕まえなくては。音を立てずに息を潜めて中にいるハゲが出てくるのを待った。


扉が開いた。やっぱりハゲだった。ハゲの図体が大きな作業服みたいな格好のおっさんが出てきた。私とハゲのおっさんは目を合わせたまま時が止まったみたいに緊迫した。次の一瞬、ハゲのおっさんは走り出し、私は漫画みたいに「待てー!!」と追いかけた。


モップ持ったままだったからか必死に追いかけたが見失ってしまい、事の顛末を上司に報告した。出入り業者の顔写真を確認したが、あのハゲのおっさんは見つけられなかった。


休憩時間にこんなことがあって…とクリーンスタッフの女の子に話したら「怖いわ!」と言うので、「せやんなー、あのおっさん」と答えると「違うで! 吉田さんが怖いねん! 相手は痴漢やろ? 何するかわからへんねんで、そういう人を捕まえようと追いかけて、もし捕まえたら何されるかわからへんやん!」と怒られた。確かに真っ当だ。


でも、あの漫画みたいなシーン、面白かったなぁ。とっさの時って漫画みたいになるんやな。


そんな思い出深い神戸そごうは2019年9月30日で閉店してしまった。だからこそ、清掃中に遭遇したハゲのおっさんのことも書けたところがある。



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よしだみねこ
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