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学校でマインドフルネスを伝える上で配慮したいこと
本日は、滋賀大学教授で心理学の研究者・教育者であり、子ども向けのマインドフルネスプログラム.b(ドットビー)を日本に紹介し、『マインドフルな先生 マインドフルな学校』(ケビン・ホーキンス著、金剛出版)、〈こどもすこやかマインド〉シリーズ等の翻訳を手掛けられた、芦谷道子さんにお話を伺いました。
現在、トラウマセンシティブ・マインドフルネスを一緒に学んでいます。
インタビュアー:宮本賢也
―――本日は宜しくお願いいたします。トラウマセンシティブ・マインドフルネス(TSM)で一緒に学ばせていただいています。今日はその経緯や、どのようなことを感じているかをお聞かせて頂ければと思います。まず、いまのお仕事からお伺いしてもよろしいでしょうか。
いまメインの仕事は、滋賀大学の教員養成課程で臨床心理学を教えています。また、関西医科大学の耳鼻咽喉科で、子どもたちの聞こえの問題と心の関係をテーマに研究をしています。難聴のお子さんの中には、器質的に耳は音を受け取っているのに、心が聞こえてくる音に蓋をしてしまう、というケースがあります。耳というのは社会とつながる窓で、心と深い関係があります。いまは、この2つを主要な仕事として行っています。
―――どのような経緯で、いまの教育の道に進まれたのでしょうか。
ここまできたのも、様々な偶然の積み重ねでした。もともとは心理士として、15年近く、医療や様々な分野で臨床心理士としての職務にあたってきました。ご縁に導かれて、今は、教育学部で臨床心理学を教えています。先のことを計画するよりは、その時その時に、自分の必要とされることに応えていくということを繰り返し、いまに至っています。
―――その中で、いまはドットビーを日本に紹介したり、ご自身でもMBSRの講師養成トレーニングに参加したりされていると伺いました。どのようなことでマインドフルネスに出会われたのでしょうか。
10年ほど前に、個人的に、命について考えるような大きな出来事に遭遇し、そのときにマインドフルネスに出会いました。その経験を通じて、マインドフルネスを知って、かつ、自分が教育に関わっているということを考えたときに、これを子どもたちに伝えたい、と思うようになりました。
ある機会に、関西医科大学の伊藤先生、山本先生から、イギリスで学校向けのプログラム「.b」がとして作られているいう話を聞き、興味を持って、自分自身でイギリスに講師資格をとりに行きました。その後、お二人の先生と共に日本に紹介しようという話になり、2019年頃から準備を始め、2021年に講師養成トレーニングを日本で行いました。日本で紹介することについてイギリス側の了解をとったり、翻訳したり、音声を吹き替えたり、いろいろな準備がありました。
―――先般、翻訳出版された「マインドフルな先生、マインドフルな学校」にもそのことが紹介されていました。
まず、私自身が、2019年に、実際に子ども向けに.bのプログラムを実施しました。その結果はとても興味深いもので、抑うつの低下とウェルビーイングの向上が見られました。
また、そのころ、滋賀大学で立ち上げたベンチャー企業に参加し、毛髪からストレスホルモンを測定する事業を行っていました。.bの参加者のストレスホルモンを測定したところ、ストレスの減少自体は有意と言えるまでではなかったのですが、DHEAという抗ストレスホルモンは有意に上昇していました。マインドフルネスが、ストレスに向き合う力を高めるものだ、というのは興味深い結果でした。
子どもたちの主観的な反応としても、よく眠れるようになったという声も聞きました。また、あるスポーツチームでは、.bの実践を取り入れることで、緊張する場面でも落ち着いて対応できるようになったと言っていただいたり、ベスト8どまりだったチームが優勝したりといったことが起きました。そのチームでは、いまでも、マインドフルネスがに根付いているようです。
そして、2021年の講師トレーニングの卒業生の方々に、全国で300人くらいの子どもたちに.bを実施していただいて、そのデータをいま集めて解析しようとしています。
昨年中間解析を行ったところでは、子どもたちにポジティブな変化が現れたとの結果がでています。
―――.bの10週間のプログラムを全国で実施されたのですね。
トレーニングはオンラインで実施し、心理や医療の方々を中心に、全国からとても素晴らしい方々が集まってくださって、トレーニング終了後にも連絡を取り合いながら、日々の練習などを行っていただいています。
―――日本では、マインドフルネスは心理、医療で認知が高まってきているところで、教育はこれからという感じですね。
日本では、教育の中にマインドフルネスをどう位置づけるのか、というのがまだ難しいところがあります。学校教育のカリキュラムはしっかり決まっているので、その中に簡単には入れられず、いまは、学校外の部活や塾などから、少しずつ紹介しているところです。
―――そのように若年層にマインドフルネスを伝えていく中で、今回のTSMのテーマのトラウマについて、どのように考えていらっしゃいますか。どのような問題意識をもってトラウマセンシティブ・マインドフルネス(TSM)に参加されたのでしょうか。
.bは、全ての子どもを対象にして作られています。
それを、例えばクラスで取り入れる場合、自分の選択でなく受身的に参加するということも起こりえます。大人であれば、自分でコースに参加することを選択してやってくるのですが、学校はまた状況が違います。そのため、そこには危険性もあり、通常以上の注意が必要だと感じています。
いま、世界中で、学校教育に、心理教育を一次予防として導入しようという流れがあります。マインドフルネスは、心の深いところに触れる可能性があるものなので、導入にあたっては、十分な配慮をしながら行っていく必要があると思います。
実施する際には、個人的な体験に入り込まないとか、深くなりすぎないようにしています。
―――学校だと、生徒は先生の言うことを聞かなければならない、という環境であることも多く、心を整えるものであるはずのマインドフルネスが強制される、ということにもなりかねず注意が必要ですね。
そうですね、学校は子どもにとってサポートになる場でもあり、またしんどい場にもなりかねない場所だと思います。
子どもたちにマインドフルネスを届けたいという気持ちもあるのですが、学校全体のウェルビーイングを高めたいというのが究極の私の目標です。まず子どもたちに関わる先生方や親御さん、大人がウェルビーイングの高い状態でないと、子どもたちにそれを伝えることはできません。子どもにプレッシャーをかける大人は、自分自身もそのような環境で育ってきたのかもしれません。先生の中にも休職する方やうつになるかたも多くて、学校が疲弊していると感じます。
学校全体が、そこに関わる大人にとっても子どもにとっても、安心で安全だと感じられるような場になればと思っています。
いま学んでいるTSMは、そういった観点についても考えるきっかけになりました。
―――TSMのお話がでたので、その点をお聞きしたいと思います。今までの学びの中で、特に印象に残った内容はどのようなことですか。
学び始める前は、トラウマ体験をしている子どもへの配慮が必要、と思っていました。
その前提は、そういった体験をしている子どもは特別である、というものです。しかし、学びを深めていくうちに、心の傷を受ける体験は、少数の人にだけ起こる特別なことではないのだ、というように思うようになりました。小さな心の傷つきというのは多くの人が経験するものなので、多くの人に配慮が必要なのだと感じます。
また、TSMの中で出てくる社会的文脈の話が目からウロコでした。例えば、女性であること、東洋人であること、そして子どもであること、というのはいずれも社会的文脈で脆弱性にさらされかねないことを理解しました。
中でも、子どもは、大人に愛されないと生きていけない存在ですから、大人の意に沿って自分を形作る、ということも容易に起きます。その意味で、社会的文脈の中で脆弱性にさらされた存在と言えます。
自分自身の体験を振り返ってみても、自分でも気づかなかった過去の記憶が自分の中にあることがわかりました。マインドフルネスで子どもたちをサポートしたいと思ったので、TSMについても学び始めたのですが、トラウマとは、特別な人に起こる他人事ではなく、自分を含めて、すべての人に関係あるのだと思いました。
TSMの学びは、自分自身の存在を見つめ直すようなきっかけになりました。
その辛い記憶を無くそうとするより、それと共にいられる自分を作る。人生はポジティブな体験だけでできているのではありません。トラウマ的なものを恐ろしいものとして排除するのではなくて、やさしく包み込む。そのような視点がTSMの全体に貫かれていると感じます。そのような視点が一番教えていただいたことかも知れません。
コースの後半では、耐性の窓に留まる、戻るための具体的なツールの話も出てきて、力を与えてもらっていると感じます。
―――講義の中で、トラウマを体の智慧として捉えるような箇所があります。私たちが生きていくために、守ろうとして起きている反応なのだと。それを排除するのでなく、それを受け入れていく。最初の方に出てくる拳のワークが、その象徴的なものなのだろうと思います。
ゲスト講師として登場するリック・ハンソン先生が、レジリエンスの話に関連して、ガーデニングに例えて、庭の手入れをする際は、雑草を抜くことだけにとらわれるのでなく、花を植えることも大事である、とおっしゃっていました。私自身、いままでは雑草を抜くほうに目が向いていたのですが、自分を支えてくれるリソースとなる花を植える、ということに目を向けることの大事さを教えていただきました。
そのような、具体的な考えかたを身に着けさせていただいていると思います。
―――先ほど、社会的文脈という話がありました。本当に、子ども、は社会的に弱い立場ですね、言われてびっくりしました。考えてみると明白なのですが、すでに構造的に弱い立場にある子ども、マインドフルネスを伝えるには注意が必要ですね。最後に、今後の展望や、願いについてお聞かせいただけますか。
私は、環境全体のウェルビーイングを目指したいと思っています。
これは一人でできることではありません。私たちは、相互の関係の中で生きているので、ウェルビーイングというとき、必然的に集団ということを考えなければなりません。
家族のウェルビーイングであったり、会社のウェルビーイングであったり、学校のウェルビーイングであったり。その中で、傷ついている人もいて、それをみんなで包みあう、ということができればと思います。
TSMの中ででてくる拳のワークを、私は初めて体験したときに涙がでました。こういう感覚をもって、お互いを包みあえるような、そのような空気が社会に広がっていけば、という願いがあります。
少し壮大かも知れませんが、グローバルに、人、自然、もの、それら全てを含めて、そのような支え合いが広がっていけばよいなと思っています。できる範囲から少しずつやっていきたいと思います。
―――その実現に向けて、乗り越えていくべき課題はありますか。
いま私が取り組んでいるのは学校の教育のところですが、すでにシステムのあるところなので、一朝一夕には行かないと思います。子どもにとどけるものなので、慎重になる必要もあります。ただ、少しずつ教育も変わってきているとも感じますし、同じような問題意識を持って、話をできる人も増えてきていると感じます。
マインドフルネスは奥深い知恵を含んでいるもので、表面的に一気に広げようとすると、それの持つ大事な点が損なわれる可能性があります。ろうそくの火を一本ずつ手渡ししていくような伝え方をしたいと思っているので、その意味で、焦らず、地道に声を通して届けていきたいと思います。
ーーー本日はありがとうございました。
トラウマセンシティブ・マインドフルネス・ジャパンの活動
マインドフルネスは様々な領域で注目を集めています。これまで以上にさまざまな場面での活用が進んでいる中で、「トラウマセンシティブ・マインドフルネス」の視点は世界的に共通認識へとなりつつあり、マインドフルネス、瞑想、ヨーガの指導者として配慮が必要なものとされてきています。
しかし、日本ではまだトラウマセンシティブ・マインドフルネスに関する情報は少なく、十分に理解されているとは言い難い状況にあります。出版物に掲載されている瞑想ガイドやオンライン上で入手可能な動画・音声などについても、トラウマセンシティブな視点が考慮される前のものが多く含まれており、実際に安全に用いたり、ガイドを行う上では、その視点に配慮をした上で行うことが望まれます。
私たちの願いは、マインドフルネスが、安全な形で日々の生活をサポートする方法として必要な人々に届くことです。そのために、トラウマセンシティブ・マインドフルネスについて学び、多くの方に知っていただく活動を続けています。
皆さんの周囲にこのトピックに関心がある方がいらっしゃいましたら、本をご紹介いただいたり、勉強会の情報をお知らせいただけると幸いです。
より深く学んでみたい方
みんなと考えたいシリーズ、今回は教育に導入する際に配慮したいこと
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マインドフルネスやヨーガ、瞑想を伝える方に知っておいてほしいこと。 トラウマセンシティブ・マインドフルネス13ヶ月集中コース
David氏やゲスト講師の動画講義を見ながら、グループで学ぶ13ヶ月のコースです。
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書籍
トラウマセンシティブ・マインドフルネスの基礎がわかる1冊です。
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