
【論文紹介】マインドフルな状態が認知的バイアスを軽減し意思決定の質を変える
(著:s子)
ビジネスの世界で、私たちは日々重要な意思決定を行っています。しかし、その判断は本当に最適なものでしょうか?
2021年に発表されたハーバード大学の最新研究が、私たちの思考を歪める過信バイアス(自信過剰)といった認知的バイアスの影響を軽減するマインドフルネスの効果を明らかにしました。この発見は、ビジネスパーソンの意思決定能力を根本から変える可能性を秘めています。
本稿では、この研究の概要を元に認知的バイアスとマインドフルネスの関連性について解説します。さらに、これらの知見をビジネス現場でどのように活用できるか探求していきます。
認知的バイアスとは
認知的バイアスとは、人々が情報を処理する際に生じる誤った思考パターンのことを指します。これは、情報の選択、解釈、記憶に影響を与え、意思決定や判断に影響を及ぼします。
認知的バイアスは、進化の過程で形成された合理的なショートカット機能とも言えますが、一方で現代の複雑なビジネス環境においては、しばしば誤った判断の原因ともなり得ます。
例えば、以下のような認知的バイアスがビジネスシーンで影響を及ぼすと考えられます。
確証バイアス:自分の信念や仮説を支持する情報ばかりを探し、反証を無視する傾向
利用可能性バイアス:思い出しやすい情報を過大評価する傾向
楽観主義バイアス:自分に都合の良い結果を過度に期待する傾向
これらの認知的バイアスが働くことで、事実や状況を客観的に捉えることが困難となり、重要な意思決定の場面で適切な判断を下せなくなる可能性があります。

マインドフルネスが変える意思決定プロセス
マインドフルネスとは、「今この瞬間」に意識を集中させ、判断を加えずに物事をあるがままに受け入れる心の状態を指します。
以前ご紹介した記事『マインドフルネス瞑想がアンコンシャス・バイアスを減少させる』でお伝えしたように、これまでの研究によっても、マインドフルネスが特定のバイアスを軽減する可能性があることが示されてきました(アンコンシャス・バイアスは認知的バイアスの一種です)。
これらの結果を受け、マインドフルネスは感情的な反応をコントロールし、より合理的な判断を促進するという考え方が広まっていました。
論文で明らかになったこと
今回ご紹介する論文(Cognitive biases and mindfulness, Philip Z. Maymin & Ellen J. Langer, humanities and social sciences communications, (2021))では、マインドフルネスが認知的バイアスに対してどのような影響を与えるかを詳細に調査しました。
その結果、マインドフルネスな状態は特定の認知的バイアスの軽減にはたらくことが示されました。
◼︎ マインドフルネスによって軽減された主な認知的バイアス
具体的には、マインドフルネスの実践によって、次項に示した22種類中、以下の6つを含む計19種の認知的バイアスを顕著に軽減することが明らかになりました。
合接の誤謬(ごびゅう):複数の条件が重なる状況を過大評価する傾向
メンタルアカウンティング:金銭を心理的に異なる勘定に分類する傾向
アンカリング:初期情報に過度に影響される傾向
注意欠如盲点:注意の及ばない情報を見逃す傾向
過信バイアス:自己の能力や判断を過大評価する傾向
所有(保有)効果:所有物の価値を過大評価する傾向

これらのバイアスは、ビジネスの様々な場面で重要な影響を及ぼします。
例えば、合接の誤謬の回避は複雑な市場分析を改善し、アンカリングの軽減は新しい視点の取り入れを促進します。注意欠如盲点の克服は包括的な状況把握を可能にし、過信バイアスの抑制はリスク評価の精度を向上させます。また、所有効果の軽減は既存プロジェクトの客観的評価を助けます。
マインドフルネスによって特定の認知的バイアスが軽減されたという結果から、ビジネスパーソンもマインドフルネスを実践することにより、冷静で客観的な視点を獲得し、複雑な状況下でもバランスの取れた判断を下せるようになれると期待できます。
この効果は、経営戦略立案、投資判断、人事評価、新製品開発、リスク管理など、ビジネスの幅広い領域で活用できる可能性も秘めています。
Source : 瞑想チャンネル for Leaders
マインドフルネスの効果の限界:感情と時間の影響
一方で、本研究ではマインドフルネスの効果には限界もあることも明らかにしました。特に
ハイパーボリック割引:将来の価値を過度に割り引く傾向
感情的愛着:感情が経済的判断に影響を与える傾向
といったバイアスでは効果がみられませんでした。その原因として、これらのバイアスには、時間と感情という要素が強く関与していることから、マインドフルネスの効果が限定的だったと考えられます。
さらに、損失回避バイアス(期待値がプラスであってもリスクを避け、確実な小さな利益を選ぶ傾向)でも効果が見られませんでした。これは、マインドフルな状態か否かよりも個人の性格特性が大きく影響することが示唆され、さらなる詳細な検証が必要と述べられていました。
以上のように、マインドフルネスは多くの認知的バイアスに対して有効である一方で、特定の状況やバイアスにおいてはその効果が限定的であることが明らかになりました。こうした知見は、ビジネス環境における意思決定プロセスの改善に向けて、マインドフルネスとその他のアプローチを組み合わせる必要性を示唆しています。
認知的バイアスへのマインドフルネスの効果
マインドフルネスは、現在の瞬間への意識を高めることで、状況をより客観的かつ俯瞰的に捉える能力(メタ認知)を向上させます。
今回ご紹介した論文では、72名の被験者を対象に、認知的バイアステストとLanger Mindfulness Survey(LMS)を実施しました。LMSは、新奇性追求、新奇性創出、関与、柔軟性の4要素を評価する質問によって、マインドフルな状態を測定する方法です。被験者はLMSスコアに基づき、マインドレス、低マインドフルネス、高マインドフルネスの3グループに分類されました。
分析の結果、高マインドフルネス群では自己認識力と新たな気づきの能力が顕著に向上していることが確認されました。つまり、これらの能力向上が認知的バイアスの軽減に寄与したと考えられます。
特筆すべきは、この効果が特別な教育や長期トレーニングを必要とせず、短時間のマインドフルネス・ウォームアップで達成された点です。
◼︎ ランガー流 (Langerian) マインドフルネスの特徴
本研究では、従来の瞑想ベースのアプローチではなく、ランガー流 (Langerian) マインドフルネスを採用しました (参考文献:HBR, 2016, 「マインドフルネスの母」からの教え:「“気づき”に瞑想はいらない」)。
ハーバード大学の心理学者エレン・ランガー教授が提唱したこの手法は、従来型のマインドフルネスと一線を画します。従来型(カバットジン他)が「現在の瞬間を評価判断なく認識する」ことを重視するのに対し、ランガー流は「常に新しい情報を取り入れ、柔軟に視点を変えることを重視し、固定観念にとらわれず、常に新しい視点を持ち続けること」を核としています (F. Pagnini et al., 2018)。
ランガー流マインドフルネスの4つの要素
新しいことに気づく
状況の変化を受け入れる
複数の視点を持つ
柔軟な視点の転換
ランガー教授によれば、この継続的な「気づき」の姿勢は、現在への集中力を高め、創造性を促進し、状況認識の幅を広げ、さらには組織におけるエンゲージメントの向上にも寄与するとされています。
今回ご紹介した論文では、マインドフルな状態を引き出すため、瞑想の代わりにウォームアップセッションとして創造的な観察演習を実施しました。具体的には、微細な差異のある白黒画像の比較、錯視図形の観察、新発見の記録などを通じて、参加者の「気づき」を促しました。
これらの結果は、瞑想を必要としないランガー流アプローチが、ビジネスにおける意思決定能力と状況判断力を向上させる有効なツールとなり得ることを示唆しています。
以前、松村憲さんにご紹介いただいた家庭用脳波計Focus Calmの集中ゲームなどでも、ランガー流マインドフルネスを高められるのかもしれません。
Source : 瞑想チャンネル for Leaders
【補足1】今回の論文で行われた22種類の認知的バイアステスト
(マインドフルネスの実践によってバイアスが減少したものを太字で、効果の見られなかったものを斜体で示しました。)
1, 損失回避 (Loss Aversion): 人々は損失を避けるために確実な利益を選びがちです。
2, 双曲割引 (Hyperbolic Discounting): 目先の利益を優先し、将来の利益を過小評価する傾向。
3, 合接の誤謬 (Conjunction Fallacy): 特定の条件が複数重なる方が単一の条件よりも確率が高いと誤解すること。
4, メンタルアカウンティング (Mental Accounting):お金を自分自身の心の中で、異なる勘定科目に分けて考え価値判断を行う傾向
5, アンカリング (Anchoring): 初期の情報に引きずられて判断すること。
6, ギャンブラーの誤謬 (Gambler's Fallacy): 過去の出来事が未来の確率に影響を与えると誤解すること。
7, 確証バイアス (Confirmation Bias): 自分の信念を支持する情報ばかりを探す傾向。
8, 位置バイアス (Positional Bias): 絶対的な価値よりも相対的な位置を重視すること。
9, 感情的な愛着 (Emotional Attachment): 感情的な価値が経済的な判断に影響を与えること。
10, 公平性 (Fairness): 性別や人種など本来平等に扱うべき特定のグループに対しての差別的な振る舞いから生まれるデータの偏り
11, 利用可能性バイアス (Availability Bias): 思い出しやすい情報を過大評価すること。
12, 等確率錯覚 (Equiprobability Illusion): 全ての選択肢が同じ確率であると誤解すること。
13, 代表性バイアス (Representativeness Bias): ステレオタイプに基づいて判断すること。
14, 基準率無視 (Base Rate Neglect): 基準率を無視して確率を評価すること。
15, 注意欠如盲点 (Inattentional Blindness): 注意を向けていない情報を見逃すこと。
16, 自信過剰 (Overconfidence): 自分の予測に過度に自信を持つこと。
17, 所有(保有)効果 (Endowment Effect): 所有しているものの価値を過大評価すること。
18, 過剰分散バイアス (Overdiversification Bias): 過剰に分散投資を行うこと。
19, 結論への飛躍 (Leaping to Conclusions): 早まって結論を出すこと。
20, 認知反射 (Cognitive Reflection): 直感的な反応に飛びづかず熟考し再評価する能力。
21, 浅い理解 (Shallow Thinking): 表面的な情報に基づいて判断すること。
22, デポジッション効果 (Disposition Effect): 損失を出しているポジションを長く保有する傾向。
【補足2】認知的バイアスがもたらす意思決定への影響
では認知的バイアスを軽減すると、具体的に意思決定プロセスがどのように改善されるのでしょうか。以下に、期待される主な効果を6つ挙げてみました。
客観性の向上: バイアスの影響が減ることで、より客観的なデータや事実に基づいた判断が可能になります。これにより、感情や過去の経験、思考パターンに左右されない、合理的な意思決定が促進されます。
リスク評価の精度向上: 楽観主義バイアスや確証バイアスが軽減されることで、プロジェクトやビジネス戦略に潜むリスクをより正確に評価できるようになります。これは、リスク管理の質を高め、予期せぬ損失を防ぐことにつながります。
イノベーションの促進: 固定観念や思い込みから解放されることで、新しいアイデアや解決策を見出しやすくなります。
多様性の活用: 内集団バイアス(自分と似た人々を好む傾向)が軽減されることで、多様な背景や視点を持つ人材の意見をより公平に評価できるようになります。これは、チームの創造性と問題解決能力を高めることにつながります。
コミュニケーションの改善: バイアスによる誤解や偏見が減ることで、チーム内やステークホルダーとのコミュニケーションがより円滑になります。これは、プロジェクトの成功率を高め、組織全体の効率を向上させます。
適応力の向上: 状況依存バイアス(過去の成功体験に固執する傾向)が軽減されることで、変化する環境により柔軟に対応できるようになります。

これらの効果は、個人レベルの意思決定から組織全体の戦略立案まで、ビジネスのあらゆる側面に影響を与える可能性があります。ですからこれらの認知的バイアスを軽減することによって、より質の高い意思決定が可能となり、結果として企業のパフォーマンスと競争力の向上につながると期待されます。

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