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祖母のお見舞いに行った話
父親に聞いたら祖母は今年で88歳になるらしい。
祖母がもう長くないかもしれないという話を両親にされて、最期に一度だけ会った方が良いということからお見舞いに行くことになりました。
![](https://assets.st-note.com/img/1708702770133-Vt1ZrfgyjR.png)
うちの家族は比較的放任主義というか、良いか悪いかは置いといてあまり家族の繋がりは強くないです。
そのせいか、祖母の家に遊びに行ったもの小学生とかその頃の記憶しかないのでもう数十年前の話になります。
記憶の中の祖母は習字を教える先生でなんかの賞を取ったり新聞にも紹介されるくらい活発で元気な姿でした。
そんな祖母ですが数年前に認知症発症し、また同じ時期くらいに右目に白内障が発症したというのは両親から聞いていました。
そこからあまり話に出てこなかったのですがお見舞いに行く途中のバスで父親からその後の話を聞きました。
白内障を発症した後も特に何もせずに普通に家で過ごしていたがある時、家で転倒し太もも骨折をしてしまったのだとか。
そこで入院しリハビリ施設?に行ったものの筋肉の衰えを回復することができずに寝たきりに。そしてそれが認知症の進行を速度で加速させたらしいです。
またそのリハビリ施設でも転倒し左目を怪我し見えなくなる。栄養が取れない状態になり鼻から栄養剤投与してベッドで生活していて今に至るということらしいです。
父親から「見ても驚かないでね」と言われていたのでかなりハードルを下げていましたが、認知症が進行している人と会ったことがあるならわかると思いますがが調子が悪いときは話しかけても返事がないです。
ただたまたまお見舞いに行った時は調子が良く、途切れ途切れではあるが会話ができる状態であり、顔の血色も良さそうに見えて逆の意味で驚きました。
15分間の面会時間が終わり、帰りのバスで父親との話が個人的には印象に残っています。
父親は「僕たちの場合は兄弟で話し合ってこういう状態だから何も言えないが、両目が見えない・鼻から栄養剤投与されている状態を”生きている”と定義してもいいものなのか疑問に思うのが本音なんだよね。」と言っていました。
また「誰しも最後はああいう状態になるのでこのタイミングで一度見ておくのがいいかもと思ってお見舞いに来てもらった」とも言っていました。
![](https://assets.st-note.com/img/1708703315248-8TFUpsdBHg.png?width=1200)
良い悪いの話ではないので、あくまでもここからは個人的な考えです。
個人的には「あそこまでして生きたいとは思わない」と思いました。
なので
健康寿命を如何にして伸ばしていくのかを考える必要がある
と一瞬思ったのですが個人的にはあまり納得感がなかったです笑。
そこから色々考えたのですが、自分の最期、人生を振り返る時にどう思うのかが大事な気がしました。
その時にたぶん後悔しないことはないんだろうなと思っています。
ただ一方で「まあなんだかんだあったけどトータル悪くなかったのかもな」と思えるだけで十分な気がするということに気がつきました。
そのために自分がどういう時に充実したと思えるのか、今までの過去を振り返りました。
それを通して充実した時間を積み上げていくことが自分の中で大事だと思いました。
自己分析をした結果、自分のタイプは死ぬほど忙しくすることが充実していると感じるなのでそれを如何にして続けるのかが重要。
そのためにも筋トレして体力を維持したり、めちゃくちゃ苦手ではあるのですが色々なコミュニティに入って新しいことに挑戦してみたり(もちろん情報商材系の怪しいセミナーとかはダメですが)しています。
それが実際どうなのか、結果は数年後振り返った時にわかります。
ただ今の段階でも色々考えて行動していることで納得感みたいなものを感じながら過ごせているのでもしかしたらそういう行動を積み上げていけばいいのではと思いつつ、続けていきたいと思っています。
最後に、、
刃牙に出てくるジャック・ハンマーの「今日強くなれるならば明日はいらない」というこの考えめちゃくちゃ好きです笑