おかえり。

不思議なウイルスのおかげで都内はほとんど車が走っていない。彼と私と義父を乗せた霊柩車はそのまま春めいた空気の中流れるように帰った。なんでこんなにも春なんだろう。

平和なのか間が抜けているのか、どこかノスタルジックな商店街に面して建っている家の前に、霊柩車がついた。車を降りる。自分が乗ってきた車なのに、平凡な日常には似合わない真っ黒で長い、異様な塊。突如として現れたUFOのようだった。その黒い物体から、箱の中に横たわる彼の体が出てきた。悲しい目の担当者と、いつからか、どこからか現れたもう一人の担当者と一緒に箱を家に入れる。大きかった彼の体は重いらしく二人は静かに呻くように小さな家の狭い階段を一生懸命に上げてくれた。

おかえりー!

先に2階のリビングに上がっていた自分から出た自分の素っ頓狂な明るい声が響く。

子供達には、死体を怖がって欲しくない。生まれてからずっと、抱きついたり、抱っこをしてもらったり、おんぶをしてもらったり、肩車をしてもらったパパの身体。彼がもうそこにいない身体は知らない異物のようだったけれど、それでもパパの身体を通してたくさんの愛を受け取った。そんな身体を怖がって欲しくない。彼にたくさん話しかけよう。

おかえりなさい。この家で過ごす最後の数日間、ゆっくりしてね。

彼の為に部屋のの配置を変える。ダイニングエリアからテーブルをどけて、彼が横たわるスペースにした。

お布団を敷いて、彼を箱から出す。丁寧にお布団に移動させる。つい先日、息子の成長を一緒に喜びながら早めに一緒に出した皐月人形のように、丁寧に。悲しい目の担当者が、彼の身体の周りにドライアイスを敷き詰め、祭壇やお線香台などを用意してくれ、花で飾り付けをする。皐月人形と彼の身体は何が違うのだろうか。

飾り付けが終わり、一息つくと、静かな時間が流れた。彼の横に行ってみる。首のすぐ下にはブラックジャックのように切られてつぎはぎになっている。頭のてっぺんも切られて、少し血が残っている。私は頭の血をふき、彼の白装束を調整し、見えないように隠して、彼の額にキスをした。




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