誰なの?
そのまましばらく夫の机で呆然としていると、数週間前に会社の同僚が持ってきてくれた、彼の会社の机周りのものが入った箱が目に入ってきた。
私はそちらに何か証拠がないか、物色しだした。
名刺、芸能事務所からの年賀状、使いかけのノート、現場で使っていたであろうサンダル、洗面用具、文房具などとともに、吸いかけのタバコの箱数箱とライターが出てきた。
私が知る限り、彼はタバコを吸う人ではなかった。
付き合う前に、吸っていた時期はあったらしいが、20代前半に付き合いだしてからは、少なくとも私の前では吸っていなかった。
タバコの箱のインディアンに向かって、
「タバコ、吸ってたの?」と声に出して聞いてみた。
夫を誰よりも知っていたつもりでいたが、実は何も知らなかったのかもしれない。
そう思うと恐ろしくなり、私は消えたくなった。
タバコを取り出し、火をつけて吸ってみた。
私は咳き込みながら「あなたは、誰なの?」と吐き出した。
気づくと、火のついたタバコを手首の裏に焼き付けていた。「ジュー」という小気味の良い音と共に痛みがやってきた。
痛みは神経を伝って頭に行き、私を不思議な気持ちにさせた。
それは、おぞましいような、快楽のような、恐れのような、好奇心のような、安らぎのような、なんとも言えない気持ちだった。