【ミステリー小説】邪魔なら消してしまいましょうか《中編》(さわきゆりさんの続きを書きます。)
今回は、さわきゆりさんの書かれたミステリー小説「邪魔なら消してしまいましょうか」(前編)のつづきを書かせていただきました。
物語のはじまりは、こちらから↓
《中編》
「桜花がいない!?」
リビングに戻り、桜花が見当たらないことを伝えると、真っ先にソファから立ち上がったのは、彼女の実兄の瑛介だった。
「これだから末っ子は。誰かさんがちゃんと見てないせいで、大事なときまで自由奔放すぎるんじゃない?」
「時間も守れないなんてな。だから、桜花は医学部受験さえできなかったんだよ」
長女の亜美と次男の樹は、瑛介に向かって毒を吐く。一刻も早くテーブルの上の白い封筒を開封し、父の所有財産をひとつ残らず確認したいという苛立ちが眉間の皺にも現れていた。
瑛介は実の妹を謗られて、「今度こそは」と拳を振り上げる。
「瑛介くん! 今は、桜花ちゃんが心配だから」という、私の声で我に返った。
普段は温厚な瑛介だが、亜美と樹の二人と顔を合わせると反射的に感情的になってしまう節がある。
父と後妻の久恵さんとの間に瑛介が生まれた時、私はまだ四歳であったが、亜美と樹はすでに八歳と六歳。実母を喪った傷の癒えないうちにやって来た見知らぬ女と、その後に生まれた瑛介と桜花という二人の子を、自分達の家族として受け入れることはできなかった。半分しか血の繋がらない幼い弟妹が母親の愛情を十分に受けている姿を目の当たりにし、この時期に劣等感を必要以上に育ててしまった亜美と樹は、彼らを憎み、邪見に扱った。辛く当たられた続けた瑛介と桜花が二人の姉兄を良く思うはずもなく、三十年近く経った今も、亜美と樹、そして、瑛介と桜花という対立関係は何も変わらないまま続いている。
「ねえ、誰か桜花ちゃんを見た人はいない? ここに着いてから、二階で右側の一番手前の部屋に入ったところは、私は見たんだけど」
ひとまず瑛介を座らせてから、テーブルを挟んで向かい側のソファに腰掛けている亜美と樹に尋ねる。二人は顔を見合わせてから「さあ」という顔をして、「見てないわ」、「知らねえよ」とそれぞれ答えた。
「瑛介くんは? これまでに桜花ちゃんと何か話をしてない?」
「いや……、部屋に入ってからは全く。ここに来るまでの車の中でも、特に特別な話はしてないよ」
「そうすると、部屋に入った後からこれまでの時間に誰も桜花ちゃんを見ていないのね……」
「なあ、桜花は財産の話がしたくなくて、俺たちを邪魔しようとしてるんじゃないのか? それなら、あいつは無視してさっさと封筒を開けようぜ」
「そうね、それがいいわ。あの子がいるとキャンキャンうるさいし。そうしましょう」
「……それはだめ‼」
亜美が白封筒に手を伸ばした時、私はそれをさせまいとカルタ競技の如く素早く封筒の上に手を被せた。
「姉さん、駄目だよ。これは、きょうだい全員が集まって開けなきゃ!」
珍しく大きな声を出した私に、亜美は目を丸くする。
「ま、まあ、海香がそこまで言うなら、そうするけど……」
「ねえ、ちゃんと桜花ちゃんを探そう。この別荘の中にいないか、何か変わったところがないか、みんなで探してみよう」
「うん。そうだね。そうしよう」
すぐに立ち上がって賛同した瑛介に対し、亜美と樹は面倒くさそうな顔をした。しかし、目で強く訴えると、「しょうがないわね」、「しょうがねえな」と言いながら、二人は重い腰を上げた。
*
私と樹が二階を、亜美と瑛介が一階を探索することにした。
最初、この組み合わせに彼らは文句を言ったが、「くじ引きの結果だから」と言って黙らせた(もちろん、細工をしたのだが)。
先ほど見た桜花の部屋は、荷ほどきをしていた最中のようだった。服についた糸くずやシーツの皺にまで神経質な彼女がそのまま消えたとなると、よほど慌てて自分の意思で出掛けたか、または、誰かに呼び出されてそのまま消えてしまったかのどちらかの可能性が高い。もし後者だとすれば、最も動機があるのは亜美と樹だ。二人が共謀している可能性も考えられる中、彼らをペアにすることはできなかった。
「樹兄さん、桜花の部屋から確認しよう」
全員に同意を得た上で、私と樹は一部屋ずつ確認して回ることにした。
桜花、海香、亜美、樹、瑛介、空室となっている部屋の順に回り、私は自分以外の部屋で気づいたことをメモ帳に書き留める。
「樹兄さん、まだ六月末だっていうのに冷房の設定が二十度なんて、風邪ひいちゃうわ」
私は樹の部屋で冷えきった身体を両手でさすりながら、探りを入れる。もうすぐ七月とはいえ、この辺りは朝晩は冷え込むことが多い。明らかに設定温度が低すぎだ。
「そうか? 俺は今の時期からこんなもんだぞ。まあ、この体形もあって暑がりだから。知ってるだろ?」
樹は、近年サイズの大きくなった腹回りをさすりながら、何でもないことのように答えた。
「それより、瑛介さ。あいつ、煙草なんて吸ってたのか?」
「さあ。私は吸ってるところを見たことはないけど……」
「俺はさ、やっとの思いで『電子タバコ』にしたんだよ! なのに、あいつがこんなに近くで好きなだけ吸ってやがると思うと、腹が立つぜ」
いつの間にか、樹が瑛介の部屋にあった煙草ケースを持ち出して右手に握っている。
「ちょっと! それ、瑛介くんの……!」
声を掛けた時には、手遅れだった。樹は廊下にあるごみ箱に煙草ケースを投げつけると、そのまま一人で階段をずかずかと下りていってしまう。しょうがなく、私がゴミ箱から拾う羽目になった。
「そっちは、どうだった?」
一階のリビングに戻ると、先に捜索を終えた亜美と瑛介が待っていた。
「海香ちゃん、せっかく探してくれたのに悪いね。やっぱり桜花は見当たらなかった。一階は特に変わったところはなかったよ」
瑛介が疲れた笑顔を向ける。
「二階も、特には……。空き部屋も見たけど、桜花ちゃんはいなかった」
「ありがとう、海香ちゃん。やっぱり、桜花はどこか散歩にでも出掛けているのかもしれない。もう少し待ってみよう」
「でも……」
「きっと大丈夫だよ。お姉さん、お兄さん、申し訳ないけど、白封筒の開封はもう少し待ってもらえないでしょうか。桜花も僕たちのきょうだいだから」
瑛介は心配のせいか声に張りがなく、少々青ざめた顔をしている。その様子を見た亜美と樹は、それ以上、白封筒について触れなかった。
「ったく、疲れたぜ。俺は風呂に入る」
樹はどかっとソファに腰を鎮めると、カップに残っていた珈琲を一気に飲み干してから、リビングを出て行った。
「私も一旦部屋に戻るわ。桜花が帰ったら、また声を掛けて」
あくびをしながら、亜美も部屋を後にする。
その後、私と瑛介はダイニングで夕食をとり、亜美と樹はそれぞれの部屋で食事をした。
夜は更けていき、リビングにある鳩時計がとうとう夜の十時を知らせた。
《後編へつづく》
(3,147文字)