【漫画原作】「Q」第二話(「週刊少年マガジン原作大賞」応募作品)
【第二話】
1.学校
翌日、教室に入ると、八尾鈴子が登校していた。
「何よ。何か言いたいことあんの?」
「正直、何から言ったらいいのか、わかんねぇよ」
鈴子の側で小さなピンク色のタコがふよふよと浮いている。
鈴子が「キャサリン」と呼ぶそれは、どうやら昨日、大暴れしていたあのタコのようなものと同一の生き物のようだ。
昨日見たことは、夢か幻だと思いたい。
だが、自分の顔や鈴子の腕には、いくつも絆創膏が貼られていた。
「はーい。じゃあ、皆、席についてくださいねー。HR始めますよー」
出席簿を抱えた担任教師の日山が教室に入ってくると、生徒たちは自分の席にばらばらと座る。
「さあ、今日はみんなに嬉しい報告があります! なんと、転校生の府木くんが、ようやく『完全に見える』ようになりました! おめでとう!」
日山がそう言うと、クラスの生徒たちは口々に落胆と安堵の声を上げた。
「やっとか……」
「本当に、よかった。『邪気』がミミズに成長した時は、気持ち悪くて仕方なかったわ」
「鈴子が休みじゃなかったら、一週間掃除なしの『邪気溜め』なんて絶対できなかったな。わはは」
クラスメイトの沖本忍、水越間佐和、風戸真之介の言葉が耳に入る。
「ちょ、ちょっと待て! 何だよ『邪気』って。もしかして、あの変な黒いやつ、みんな見えてたのか⁉」
「ごめんね、府木君。私たち、みんな見えてたんだ」
隣の席の李帆が、申し訳なさそうに答えた。
「ついでに言うと、『その子』も見えてる」
李帆は、今日も啓太の肩に乗っているQを指さす。
「な……!」
思わず、あんぐりと口が開いてしまった。
「はいはい。これからちゃんと説明しますからね。まずは、改めましての僕の自己紹介をしましょう。『神様』としての、ね」
「だから、何なんだよ、それ!」
椅子から立ちあがると、「まあまあ」といいながら真之介に席に戻された。
「これは冗談でも悪戯でもないですよ。僕は、正真正銘の『神様』です。といっても、大昔からいる名のある有名な神様たちとは全く違って、大きな力もない、この土地で生まれたばかりの八百万の神様なんですけどね。あ、ちなみに、僕は昭和生まれです」
「そんなこと聞いてねえ」と、心の中でやじる。
「そんな名もない僕なんですが、それでも神様って結構大変なんです。色々やらなきゃいけないことはありますし、願い事をしに来る人の話は聞いてあげたいから出雲大社にも行ったことがないし、自然の少なくなった現代では人間と同じように家賃を払って家に住まなければならないし……」
「愚痴かよ」と、心の中で再びやじる。
「それにね、厄介なのが『邪気』の発生です。最近は、コンクリートのビルが立ち並び、風も吹かない場所が増えました。人の手さえ入らず、放置されている場所なんかは、『邪気』が生まれ放題です」
「さっきから何なんだよ、『邪気』って……?」
「そうですねぇ。『邪気』という言葉自体には、色々な意味がありますよね。人の心から生じる『悪意』の塊、とかね。でも、私たちが言う『邪気』はちょっと意味が違うんです。実は、八百万の神がどんな場所にも生まれるように、『鬼』もいつの世も生まれているのですが、彼らは物の怪の元となる『邪気』を育てているんです。『邪気』は、生まれたばかりの時はそんなに問題はないのですが、放っておくとやがて怪物となり、暴れ始めてしまうのですよ」
「昨日のタコのやつみたいに……?」
そう呟くと、日山は「あれは、ちょっと危なかったですねぇ」と微笑んで答えた。
「ちょっと! 私のキャサリンを『邪気』と一緒にしないで……(もごもご)!」
鈴子が叫ぶ途中で、李帆が「邪魔をするな」とばかりに鈴子の口を塞ぐ。
「でも……、昨日みたいのが現れたとして、先生が神様……っていうなら、先生が何とかすればいいじゃないっすか。何で、俺が試されるようなことされなきゃ……」
「それ! それだよ! 人間の嫌なところ! 神様だから何でも簡単にできると思ってるんだから! ひどい!」
それまで冷静に話していた日山が、突然教卓に顔を伏せて泣き出した。
「確かに、僕が目の届く範囲だったら、何とかできることもありますよ? だけど、僕はもう疲れたんです。もう、出雲にバカンスに行きたいんです。だから、この土地の神様を辞めることにしたんです!」
「……は?」
突然の「神様辞めます」宣言に、唖然とする。
こいつは、本当に昨日のイケメンと同じ人物(いや、神様?)なのか?
「僕は、僕の後継者の『神様』を選ぶために、このクラスに君たちを集めたんです」
日山は涙目のまま、鋭い視線を生徒たちに向けた。
「要は、こういうことよ。先生は、この土地の神様を辞めたい。だけど、神様がいなくなると、『鬼』は野放し、『邪気』は生まれ放題ということになってしまう。だから、後継者がほしいの。そのために、私たちに次の『神様』を育てろと言っているのよ」
クラス委員の水越間佐和が脚を組みながら、説明を加える。
「いやいやいや、それを聞いてもよくわかんねぇから」
「あなたは、その子をどうしたいの?」
水越間は、自分の足元で跳ねているQを指さす。
「どうって、別に、今まで通り……」
「放っておくと、死ぬわよ」
「え?」
「今は『鬼』でも『神様』でも何でもないけれど、どちらにも転び得る存在なの。あなたが今まで見えなかったものがはっきり見えるようになった今、これまでと同じような『邪気』を与えていたんじゃ、この子は存在を維持できない。環境によっては、昨日のキャサリンのようになってもおかしくないわ」
「よくわかんねぇけど……、じゃあ、どうすればいいんだよ」
「方法はひとつ。より強い『邪気』を食べさせて成長させる。あなたがやるべきことは、それだけよ」
水越間は、きっぱりとそう言い放った。
「邪気」を食べさせて成長させる? それで、神様の後継候補になる?
どんな説明を聞いても、さっぱり理解できない。混乱するばかりだ。
だが、ひとつだけはっきりとしていることがある。
Qを生きさせるためには、「この話に乗らなければならない」、ということだ。
「さてと、府木君に僕の自己紹介は一通りし終えた! ということで、みんなの『子供たち』を彼に紹介してはどうでしょう?」
日山が「ぱんっ」と手を合わせて笑顔で提案すると、クラスメイトの掌から、鞄や机の中から、動物や生きものの形をした謎の生物たちが現れた。
「今まで黙っててごめんね、府木君」
こちらを見つめる李帆の膝元には、兎。
沖本の肩に止まっているのは、烏。
水越間の首には蛇が、真之介の傍らには大型犬が、そして、鈴子の頭上では小さなタコが空を泳いでいる。
呆然とする啓太の肩の上で、Qは「キュー!」と高く鳴いた。
(つづく)