連載小説「天の川を探して」(2)チハヤの指笛(ミムコさん企画「妄想レビューから記事」参加作品)
皆で急いで西瓜(すいか)を平らげてから、レインコートを着て、色違いの長靴を履く。母にばれないように、縁側からこっそり出ると、裏庭に整列をした。私のお人形は、柔らかい布に包んで、私のレインコートのポケットにしまっている。
「チハヤちゃん、今日はすぐに真っ暗になりそうよ。これから山の中に入るなんて、大丈夫なの? それに、狸(たぬき)川って大きな川だよね。渡れるのかな」
私は、チハヤのレインコートの袖(そで)をひっぱった。
「狸川」というのは単なるあだ名で、正式には大層立派な長い名前が付いている。村を流れる大きな川を「狸川」、小さな川を「狐川」と呼び、夏休みには「子どもだけで狸川に行かないようにしましょう」と注意喚起がされていた。一度も狸川に行ったことのない私は、裏庭からすぐに続く薄暗い山中と大層危なそうな狸川の存在に怖気づいた。
「アンちゃん、大丈夫やて。チハヤを信じて、見ててや」
チハヤは、歯を見せて思い切り笑顔を作ると、親指と人差し指で円を作り、その指先を唇に当てると鳥の鳴き声のような音を出した。
『ピューーイヨイ、ピューーイヨイ』
チハヤの指笛の音が山の奥まで響くと、バサバサバサっと何かが羽ばたく音がした。
すると、暗い山中に、ぽつぽつと黄色や青白い光が現れ出す。
「よし、これで狸川まで近道で行けるからな。安心し」
真っ先に山中に足を踏み入れたチハヤの後を着いて行くと、木の上でたくさんの光が道を作っていることに気が付いた。
少し暗さに目が慣れた頃、よくよく光を見てみると、その正体は全てフクロウやハト、カラスなどの鳥の目であった。私は心底驚いたものの、大きな声を出しては鳥たちが今にも飛び立ってしまいそうで、一生懸命息を殺しながらチハヤの背中を追っていった。
🌟🦉🌟
どれだけ歩いただろう。山育ちのチハヤは、木の根っこが張りめぐった足元の悪い山道をいとも簡単に上っていく。私が歩くのにもたついていると、私の後ろを歩くカズキとミヤが背中を押して手伝ってくれた。
時間など気にする暇もなく、チハヤについていくことだけに懸命になっていると、狸川に辿(たど)り着く頃には、辺りがほとんど見えないくらいに真っ暗になっていた。
初めて目にする狸川は、どれほどの川幅であるのかよく分からないけれど、ゴーゴーと流れる水の音が川の激しさと水量の多さをもの語った。
「チハヤちゃん、暗くて何も見えないよ。もう帰ろうよぉ」
暗闇と得体のしれない生き物の気配、そして激しく流れる川の音。
私は怖くて泣き出してしまいそうだったけれど、一番年下のミヤちゃんが弱音さえ吐かないから、泣くのだけはなんとか堪(こら)えた。
「アンちゃんは、あかんたれさんやなぁ。狸川さえ渡れば、『彦星様』までもうすぐや。きばりい!」
「兄ちゃんは意気地なしやからな。ミヤがアンちゃんと手ぇ、つないだる」
「ミヤ、なんちゅうことゆうねん!」
チハヤに思い切り背中を叩かれ、右手にミヤの手の温もり温かいを感じ、カズキのツッコミを聞くと、不思議と恐怖心が和らいで勇気が湧いてきた。暗闇でも笑う三人の声を聞いて、いつの間にか私もみんなと一緒に笑っていた。
(つづく)
🌌つづきは、こちらから🌟
※この小説は、こちらの「妄想レビューの返答」として書かせていただいた、ミムコさんの企画「妄想レビューから記事」の参加作品です🍀
詳細は連載第1回を確認いただけましたら幸いです🌜