見出し画像

連載小説「天の川を探して」(5)出逢いの橋(ミムコさん企画「妄想レビューから記事」参加作品)

「三途の川」と聞いて、私はどきりとした。

 子どもの私は「三途の川」が何か詳しくは知からなかったけれど、亡くなった人たちが渡る川だということをどこかで聞いていた。三人と一緒にいると不思議なことが起きてわくわくしていたけれど、そんなところへ連れて行かれるのだとしたら話は別だ。急に背筋に冷たいものが流れていく。

 カズキが足を止めたのは、祠(ほこら)のすぐ近くにある山から流れる湧き水でできたような細く小さな川だった。狸川がゴーという音だとしたら、こちらはチョロチョロだ。ただの小川であることが分かると、私はほっとした。

「ここなら、蝋燭(ろうそく)あるからな。待っとき」
 カズキがそう言うと、マッチを擦るような音がした後、小川の脇にある蝋燭立ての一本に火が灯った。

 久しぶりに見る炎はとても眩しくて、目がくらんだ私はカズキの隣に座り込んだ。目が火の明るさに慣れてくると、ようやく周りの風景やカズキたちの顔を確認できた。

「アンちゃん、今度は見えるやろ。これが『彦星様』や。よう見て」
 カズキが『彦星様人形』を持つ手を蝋燭の光に近づけると、その姿が良く見えた。

「本当だ……、私のお人形とそっくり。大きさもほとんど同じだし、同じ素材で出来てるみたい。微笑んでる顔も似てる。違うのは着物と、『彦星様』は男の子、だよね」

 私がそう言うと、「ほらー! やっぱり『織姫さん』やったー!」と、ミヤがぴょんぴょん飛び跳ねて喜んだ。
 すると、カズキは「ミヤ! ここで飛び跳ねたらあかん! 『三途の川』の向こう側に行ったら死んでまうって、おじさんゆうてたやろ!」と声を荒げた。ミヤはすぐに飛び跳ねるのを止め、「兄ちゃん、怒ってばっかりで嫌いや!」とイーっと歯を出してカズキに向けると、チハヤに抱き着いた。

「気になってたんだけど、こんなに小さい川が『三途の川』ってどいうこと?」
 私はカズキに尋ねてみる。

「ただの迷信やけど、この小川は『三途の川』って昔から呼ばとって、この川のこっちは俺らの世界、向こうは死者の世界、って言われとる。ここに小さい『橋』が架かってるやろ。これは、織姫さんと彦星さんが会うための橋で、人間の俺らが橋を越えて向こう側に行ったら、戻って来れんらしいわ。まあ、この先に子どもを行かせないための作り話やと、俺は思っとるよ。ここの神社の中は、山の木がほとんどないやろ。でも、この小川の向こうはもう山や。マムシなんかがぎょうさん出るらしいからな」

 カズキは、小川の向こうに連なる木々の闇を見つめながら、私に説明した。
 カズキが指さした「橋」は、十センチほどの長さで、竹細工のようだった。とても人や、わたしたちの人形が乗れるような代物ではない。

 けれど、「三途の川」の話も、この橋で織姫と彦星が会うという話も、全く信じられないと言ったら嘘になる。だって、今日は驚くことばかりだから。どんなことが起きても、不思議でないと思えた。

              🎋🌌🌟

「なあ、ふたりで『三途の川』眺めとるのもいいけど、そろそろ『彦星様』と『織姫様』会わせてあげな」
 背後からのチハヤの声に、私とカズキはハッとした。不思議な世界に想像を馳せ、私はすっかり本来の目的を忘れていた。

「そうやな。そろそろ会わせてあげな、かわいそうやな」
「そうだね! 『織姫様』は私のポケットにいるよ。どうしたらいい?」
 私とカズキは、同時に立ち上がると振り返ってチハヤの顔を見た。
 チハヤの足にしがみついているミヤは、「兄ちゃんのあほ」と、まだカズキにご立腹のようだ。

「お祭りのときは、小川の橋の両脇に台座を置いて、片方に『彦星様人形』、片方に『織姫様』の代わりに和紙で作った『白い鶴』を置くんよね。今日は台座がないから、綺麗な葉っぱで勘弁してもらおか」
 チハヤは、つやつやとした綺麗な柿の葉に似た葉を二枚、ポケットから取り出して、橋を挟んだ「こっち側」と「あっち側」に静かに敷いた。

「ほな、『彦星様』は、『こっち側』や」
 カズキは、『彦星様人形』をチハヤの葉の上に静かに寝かせる。

「アンちゃん、『織姫様』は『あっち側』に置いて。怖かったら、俺がやるよ」
 カズキにそう言われたが、私は首を横に振った。ポケットから人形を取り出して、包んでいた布を優しく剥がすと、私は腕を伸ばして橋の「あっち側」にある葉の上に人形をそっと置いた。

 いつの間にか、ミヤが私の側に来て、手を握っていてくれる。「彦星様」と「織姫様」を橋の両脇に据えた後、私たちは「彼ら」の近くに座り、目を閉じて空に向かって祈りを捧げた。

(つづく)

🌟つづきは、こちらから🌌

#妄想レビュー返答

※この小説は、こちらの「妄想レビューの返答」として書かせていただいた、ミムコさんの企画「妄想レビューから記事」の参加作品です🍀

 詳細は連載第1回を確認いただけましたら幸いです🌜


いいなと思ったら応援しよう!

みなとせ はる
いつも応援ありがとうございます🌸 いただいたサポートは、今後の活動に役立てていきます。 現在の目標は、「小説を冊子にしてネット上で小説を読む機会の少ない方々に知ってもらう機会を作る!」ということです。 ☆アイコンイラストは、秋月林檎さんの作品です。