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【連載小説】はつこひ 第十話
「……ねえ、寺尾は? 寺尾はどうしてる?」
窓の外で降り続く雪を眺めていると、だんだん記憶が蘇ってくる。
そうだ。あの日、クリスマス・イブの日。飯村さんの家で彼と過ごしているうちにだんだんと眠くなってしまったんだ。気づいた時には身体がだるく、思うように動けなくなってしまっていた。
彼は私を寺尾と約束した場所まで連れて行ってくれたけれど、その時に寺尾に殴られて……。
「寺尾さんは、自宅謹慎となりました。お嬢様がこんな目に遭ったのは、寺尾さんが目を離したせいですからね。当たり前のことです」
佐戸田さんは無表情のまま腕を組むと、肩を揺らして「ぷんぷん」と怒る仕草を見せる。
新型アンドロイドの佐戸田さんは様々な機能を搭載しているが、感情を反映した言葉選びはなされても、若干棒読みで表情にすることにもあまり長けていないようだ。飯村さんの方がよっぽど人間らしい気がした。
「違うの。寺尾のせいじゃないわ。約束を破った私が悪いんだもの。寺尾がいないなら……、誰か車を出せる人はいないの?」
「車って。まさか、お嬢様、これから外出されるおつもりですか? まだ微熱もあるのですから、絶対に駄目です」
「佐戸田さん、お願いよ。どうせ、お父様もお母様もいないのだもの。私がいなくたって誰も困らないわ。でも、きっと飯村さんはあのバス停で私のことをずっと待っているはずよ。早く会いにいかなきゃ」
「絶対にいけません。これ以上、お身体を悪くされたらどうするんですか。それに、彼はどうせもういませんよ。だから、諦めて大人しく休んでいてください」
「……もういないって、どういうこと?」
佐戸田さんは「しまった」という顔をして背中を向けた。私の問いには答えず、「掃除業務中」のオルゴール音楽を流し始める。
「ちょっと待って。そもそも、なぜ私の部屋にいるのが佐戸田さんなの? 佐戸田さんは最新型だから、お母様専属のアンドロイドでしょう? 私のお世話をしていてくれていた五十嵐さんは? 五十嵐さんは、どこへ行ったの?」
何だか嫌な予感がする。ベッドから起き上がり、ふらふらと窓辺のテーブルに向かって歩いていくと、テーブルの上に積まれた数日分の新聞を片端から広げていく。はやる気持ちを押さえながら、記事の見出しを確認していると……。
『旧型アンドロイド回収のお知らせ』
紙面に大きな見出しを見つけたのは、十二月二十六日付、昨日の新聞だ。
『旧型アンドロイド回収のお知らせ
本日より三日間、以下の旧型アンドロイドについて強制停止を順次行います。
以下に該当するアンドロイドにおきましては、速やかに主記憶装置及び身体機能維持装置を最新型のアンドロイドへ移行するようお願いいたします。
なお、活動を停止した旧型アンドロイドの回収につきましては、所有者は自治体の手続きに従い……。
【回収対象ロットナンバー】
PRD780-01028X-UPT13、PRD781-00915W-UPT02、PRD782-11110Z-UPT66』
「……飯村さん‼」
「PRD780-01028X-UPT13」。それは、何度も目にした彼の首筋に刻まれた英数字の列。飯村さんの出生地と誕生日が記された大事な「それ」を読み間違えるはずがない。
「お嬢様。残念ですけれど、もう手遅れです。三十年以上前につくられたアンドロイドが最新型に適応できることなど考えられませんし、彼らの成長に合わせた他の身体もかなり前に生産停止されています。私たちはいつでも使命を受け入れるよう学校で学んでいますから、お嬢様が悲しむことはないのですよ。五十嵐さんも、ご自分で回収施設へと向かわれました」
「五十嵐さんまで…? 嫌……、嫌よ……! 飯村さん! このまま会えなくなるなんて嫌!」
走り出そうと足を踏み出した途端、ネグリジェの裾を踏んでそのまま床に倒れ込んでしまった。何とか這いずって部屋を出ようとするが、すぐに佐戸田さんに捕まり、身体をベッドの上へ戻されてしまう。
「お願い、邪魔をしないで!」
佐戸田さんの腕を振り払おうとしたその瞬間、うまく呼吸ができず、身体の熱が一気に頭に集まってくる感覚がした。強い眩暈感と同時に、目の前の景色がぐわんぐわんと回り出す。
五十嵐さんは、幼い頃から病弱だった母を世話するために頑丈な旧型アンドロイドの身体のまま三十年を過ごし、母が亡くなった後も私の身の回りを世話してくれた。
私の愛した彼は、私のことだけを見つめ、ずっと私の名前を呼んでいてくれた。
大切な人が、また目の前から消えてしまう。懸命に手を伸ばしても、何も掴むことができない。
メリーゴーランドのように回り始めた景色は速度を上げて、やがて暗闇の中へと消えていった。
(つづく)
(1947文字)
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