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コスモワールドにカレーを食べにいく話

 正月のおまつりムードも夢のあと、閑散とまではいかないものの、人通りはやはりすくない。

 時は1月7日、学生にとっては冬休みの最終日、おとなにとってはようやく仕事の実感もわいてきた出勤2日目である。

 私は東急東横線をみなとみらい駅で降りて、クイーンズスクエアの赤いエスカレーターをのぼっていた。

「……物質としての束縛を少しずつ断ち切り やがて自らの姿を自由に変え……」

 吹きぬけをつらぬいて、詩をきざんだ大きな長方形のモニュメントがそびえたっていた。壁一面をつかった巨大美術である。まるで「2001年宇宙の旅」にでてくる「モノリス」のようだが、近づいてくるのは木星ではなく、スヌーピーの巨大バルーンだ。「スヌーピータウンショップ」が東急スクエア2階にあった。

 さて、スヌーピーが屋根の上で寝るのは「閉所恐怖症」が原因らしいが、私が今日、家を飛びだしてきた理由は、そのような壁が迫ってくる類の恐怖とはなんの関係もない。コスモワールドでカレーを食べるためである。

 コスモワールドにもカレーがあると教えてくれたのは友人Aだった。友人Aは昨年から留学でイギリスへ行ってしまい、今は海の向う側であるが、出発前、「みなとみらいの観覧車のって食ったカレーがうまかった」と言いのこしていったのだ。

 その言葉が忘れられない私は、わざわざ休日の貴重な時間を割いて、遊園地カレーを食べに東横線へ乗りこんだのである。

 足取りは羽がはえたように軽い……とまではいかないが、楽しみですこし足早になっている。「1等13億 キャリーオーバー発生中」の文字を横目にクイーンズスクエアを出ると、ちょうど翼のはえた彫刻が太陽の光を反射して輝いていた。

 しばらく行くと国際橋に出る。橋のたもとからコスモワールドへは直通だ。赤いゲートをくぐって階段を降りた。

 ギフトショップの隣にフードコート「コスモコート」はあった。ショーウィンドーのたこやきや、やきそばのサンプルが異様な光沢をみせている。レストランはコカ・コーラの一社提供らしい。いたるところに赤いヴィンテージ風の置物が配されていた。近未来っぽい入口のネオンカラーアーチとはどうも相容れない。

 カウンターのベルを鳴らすと、数秒たって奥から40代くらいの女性が出てきた。ビーフカレーを注文すると、1番と書かれた札をわたされた。

 ちょっと時間がかかるらしい。カウンターに寄りかかって外を見あげると、観覧車が空一面を覆っていた。


【コラム:太陽の塔】

 大阪吹田の青空を背景に、巨大な影。岡本太郎は知らなくとも太陽の塔は聞いたことがある、という人も多いはずだ。

 昭和40年代、日本建築界には東の丹下健三と西の西山夘三が並び立っていた。

 丹下健三は東京大学出身で、広島の平和記念公園や東京都庁舎など、コンクリートでランドマーク的建造物をつくるのがうまかった。

 一方の西山夘三は、京都大学出身。間取りの「〇〇DK」を考案したのはこの人だ。人と建築の関係を考える思想家である。

 そんなふたりが大阪万博の広場構想で相まみえた。おなじ建築家とはいえ、思想の大きく異なる両人。激論の末、西山は広場を、丹下はそれを覆う大屋根を造ることで話がまとまる。

 日本を代表する巨匠ふたりがタッグを組んだのだ。万博関係者はこの大計画に胸をおどらせた。

 ところが、ここにひとりの男が登場する。岡本太郎である。

 彼が協会に依頼されたのは、来場者にとって万博のイントロダクションともいえる「テーマ館」の監修だった。

 はじめは拒絶した岡本だったが、「ひきうけなくてよかった」という家族の反応をみて即座に使者をよびもどしたのだ。

 「岡本太郎がパビリオンをつくる」

 ビッグニュースが飛びこんできた。岡本太郎、あの暴れ馬だ。現場は戦々恐々だったにちがいない。事実、彼が携えてきたのはとんでもない提案だった。

 「べらぼうなものをつくりたい。あの大屋根に穴を開けるのはどうか」

 こうして太陽の塔は、広場のまんなかにそびえ立ち、大屋根をつらぬいて建設される。来場者はもれなく、太陽の塔のひと睨みを浴びてから会場を回ることとなった。

 万博には「エキスポタワー」という公式ランドマークが建てられていたが、放置されたのち、2003年に解体された。結局、のこったのは太陽の塔だけだった。

 イギリスからはじまった長い万国博覧会の歴史を記す書物があった。各大会のモニュメントが並ぶページをひらくと「エッフェル塔」「アトミウム」「ユニスフィア」といった幾何学的な建造物の並びに、ひとつ、説明不能の有機体がこちらをにらみつけている。まさしく太陽の塔だった。


 「1番でお待ちのお客さま」

 カウンターで待っていたのはトレーにのせられたプラ容器のカレーライスだった。もちろんスプーンもプラスチックである。

 テラス席に移動すると、自分以外には誰もいなかった。思いのほか風が強く、顔が痛い。茂みちかくのできるだけ目立たない席に腰をおろして、使いすてスプーンの袋を開ける。カレーの湯気が風に激しくゆれていた。

 カレーライスはふつうの味だった。ビーフのかたまりが二つだけはいっている。私は五分ほどでたいらげると、そそくさと風あたりのつよいその席をあとにした。

 せっかく遊園地に来たのだ。私は200円を払い、カップボールの前に立った。無数のカップが隙間なく並んでおり、その上にボールを転がすゲームである。色つきのカップにボールが止まれば景品だ。スタッフからボールを二つだけわたされた。

「がんばってくださーい」

 と、1投目で投げたボールが奇跡的な軌道を描き、赤いカップの上で止まった。

 「おめでとうございまーす。A賞なんで、この中からお好きなものをお選びくださーい」

 スタッフが高らかにベルを鳴らした。

 帰りに宝くじでも買ってみようか。もしかすると1等13億が当たるかもしれない。

 寒空の下、カウンターの向こうではスタッフが巨大なヨッシーのぬいぐるみを用意している。

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