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第五話 引っ越し

夫の実家が、三十年居座り続けた社宅から引っ越すことになった。
舅が退職するので、仕方なく引っ越すのだ。
夫の実家は、とにかく汚い。
和室に敷かれたカーペットは、使い古したタオルのように薄くなっている。
我が家の雑巾の方がよほどふかふかだ。
荷物が増えるごとに買い足したのであろうちぐはぐなタンスもかなり年季が入っている。
押し入れは、パンドラの箱だ。
私たちが結婚する時に姑が「綺麗な食器があるから。」と、くれた物は、黄ばんだ箱に入った地元の信用金庫の粗品だった。
私の実家の母によると「私が子どもの頃は、銀行に預金するとタオルや湯飲み茶碗をくれたらしいよ。」
母が子どもの頃って、四十年以上前じゃん。確かに新品だけど…。
同じ家にずっと住み続けていたら、そうなるのかも知れない。
まあ、元々の性格にもよるのだろう。
引っ越しを機に片付けると言っているのだから、あまり期待はできないが、少しは、マシになるだろう。
舅から夫に電話がかかってきた。
何やら引っ越しの話をしている様子だ。
夫の説明によるとトラックを借りる日を決めたいからと夫の都合を聞いてきたらしい。

「はあ?」意味わからん。

「どういうこと?」

夫に説明を求める。
引っ越し業者に頼まず、レンタカーのトラックを借りて運ぶということだ。
舅も夫も夫の兄もガタイはいい。
が、今の社宅も引っ越し先もエレベーターなしの四階だよ。
いや、エレベーターがあったとしても一階から一階への引っ越しであったとしても、引っ越し業者に頼めよ。
今時、家族でおいっちにはないだろ。
もし、階段でぶつけてキズをつけたらどうするのだ。
キズくらいならまだ良い。
電化製品なら故障するかも知れない。
修理代を考えたらプロに頼んだ方がずっと安く要領良くやってくれる。
第一、怪我をしたらどうするのだ。
トラックだって借りるのにそれなりの金額はいるだろう。
夫も同じよう考えているらしいが、「どうせ、聞かないから。」と、舅姑に話す気はないらしい。
まぁ、体力出すんは、あんたやから好きにし。
引っ越し当日までに、段ボールに詰めた洋服などを先に運ぶからと夫は借り出された。
そして、電話してくる。 

「バーベキューセットいる?」

「ピクニックセットもあるわ。カゴにプラスチックの食器が入ってるやつ。」
いらんて。何もいらん。どうせ、何十年も前の物だろう。

「赤いスカーフいる?お母さんが、もう派手やからあげる言うてるけど。」
ゲゲゲー。いらんてば。 

タンスの中もパンドラの箱だったのだ。
夫は幾枚かの洋服という名のボロ布を持って帰ってきた。
夫が気付かないように一枚ずつ捨ててやる。

「俺もさぁ、知らんかったけど、タンス、八つもあってん。」

四畳半と六畳の二間にどうやってタンスを八つも入れたのだろう。
タンスの他にもテレビやわけのわからん飾り棚もある。
夫は結婚するまで、つまり、つい二年前まで、あの家で生活していたから、何の疑問もないのかも知れないが、私には疑問である。
夫の身長は190㎝、舅は身長は170㎝くらいだが4Lサイズ。
そして、義兄は、身長は夫並み、横は舅並なのだ。
あの家族は、立って寝るのだろうか。
それはともかく、今日の段ボール詰め&段ボール運びに引き続き、八つのタンスのうち幾つかを処分するので、市の粗大ゴミ破棄所まで運ぶ為に明日、会社を休んでくれと言われたらしい。
何でやねんっ!だから、業者に頼んだら良かったんや。
不用家具の処分もしてくれるし、全て、一日ですむのに。
夫は、さすがに、仕事は休めないと断ったらしいが、ゴミ捨ての為に息子に会社休めって言うか、普通。
ゴミ運びを拒否された舅と姑は不機嫌な顔をしているが、引っ越し当日、手伝ってもらえなかったら困ると思ったのか、口に出してそのことを言いはしない。
 そして当日、夫の実家の引っ越しという肉体労働兼親孝行に出かけた。
レンタカーのトラックは、箱になっていないタイプ。
雨が降ったらどうするつもりだったのだろう。
夫と義兄と舅が、全力を使い、重たい物を「ヒィーヒィー」言いながら運び出す。
一つ動かすごとに埃が舞う。
火山灰が降ってきたような家の中。
恐ろしい。
この埃と共に生活していたのか。
気味が悪い。
引っ越し先でも、当然、主に働くのは夫と義兄だ。
それにしても、舅と姑は何をしているのだろう。
夫と義兄が汗だくで何往復もし、私は、段ボールと格闘しているのに、隣室からボソボソ声がするものの姿が見えない。

「何やってんねんや!親父も運んでくれよ。」と、夫が怒鳴りながら隣室の襖を開けると舅と姑は、テレビの設定をしていた。

 はあぁぁぁぁぁっ!!!今せんでもええやろっ!!!

とにかく、暗くなる前に荷物を全部、運び上げなあかんやろ。
トラックも返しに行かなあかんのちゃうんかっ。
いくら引っ越しするのは三十数年ぶりとは言え、要領悪すぎ、アホすぎ。
タンスに冷蔵庫、洗濯機、電子レンジ、大型テレビ、ダイニングテーブル。
無数の段ボール箱。
私たちは、4階までの階段を何往復したことだろう。
とにかく、荷物は全部放り込んだ、後は知らん、さぁ、帰ろっ!

舅が呟いた。

「引っ越し業者に頼んだら良かったな。」

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湊 舞
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