理想の家族(ファミリー)
「ねぇ、ママ、殺したよ」
「そう」
ママは、僕のことを見もせず、返した。
「ママ、もうすぐ、僕の番なのかな」
「そうかもね」
やっぱり、僕のことは見ずに言った。
父は、ソファに座って、その会話を聞いていた。
殺したのはこれで五人目。年齢も性別も、様々だった。
うるさくて偉そうなやつが大半だったけど、幼い女の子を消すときは、やっぱりちょっと、ためらいがあった。
でも、僕が、生き残るためには仕方がない。
余計なひとは早く消しなさい、と、毎週先生が言うから、先生が言うことは間違いがないから、そうするしかない。
「ごはんよ」
ママが、キッチンから、カレーを運ぶ。家族が集まる時間はとても大事だ。これも、先生が言っていた。
「いただきます」
父と、妹のユキが、ダイニングテーブルについて、カレーを食べる。
僕の分は、ない。
「おいしい、おいしい」
ユキが、ママの機嫌を取るように言う。ただのレトルトカレーだろ。
「ママ、僕の分は」
勇気を振り絞って、聞く。
「あんた、本当に気持ち悪い。早く消えて」
ママが、僕を蔑む目で見た。そうか。僕も、だめか。じゃあ早く消そう。ママがいちばん好きな、俺か、アタシで、いなきゃ。
今晩、僕を殺す。
ママの、理想の、いちばんで居続けるために。
『ねぇ、これ続ける必要あるの』
頭の中で、誰かが、言った。
『そうだよ。俺たち、ずっと十人でやってきたのに、半分になっちゃった。もうこれ以上、やめよう』
『先生のカウンセリングとかいうやつ、あれ意味ないじゃん』
『確かに。結局、なんも環境変わってないっていうね』
『てかアタシ、思いついたんだけど。こいつを最後、ひとり消したら、もうこんな苦しみ、味わんなくていいんじゃない、ってやつ』
『それって、誰のことですか』
『ふふ、今に分かるよ』
気がつくと、父と、ユキが、叫んでいた。
僕を見て、叫んでいた。
目の前に、血まみれの女が倒れていた。
「ママ」
僕の手には、ナイフが握られていた。
誰かが、ママを、刺したのか。
『よくやった!』
『これで、アタシたち、このまま生き残れる』
『ありがとう、ありがとう』
『これでこそ、家族(ファミリー)だね』
みんなが、僕を認めてくれた。こんなことは初めてだ。
僕の中にいる、何人もの誰かが、祝福をしてくれている。幸せな気持ちで満ち足りていくのが分かった。
父が、僕の目を見て、僕の体を揺さぶりながら、なにか言っている。
普段、なんにも助けてくれやしなかったのに、こんないい気分を、邪魔しないでほしい。
父に向けて、ひとこと、笑顔で伝える。
「ねぇ、ママ、殺したよ」
了