南都 涸月

くすっと笑ってもらえるようなエッセイ、小説を書いています。 よく使い方わかりません

南都 涸月

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HOPE

「あの棚に飾られている色紙って、誰のサインなんですか」 暇に耐えかねたのだろう、堀野沙織が声をかけてきた。 彼女は、この池上不動産に入社して半年ほどの若い事務員さん。 営業部の俺は、日中ずっと出先にいるので、普段彼女とは挨拶程度でしか、会話を交わす機会がない。 今日は、雷雨の影響で電車が止まり、皆、事業所で缶詰になっている。 俺は日報を打つふりをしていたキーボード上の指を止め、ゆっくりと彼女を見る。 「ついにこの話をする時が来たか。あれは三年前の平和な思い出でもあり、

    • ひっこし

      「わたし、引っ越すことにしたの」 「そうなんだ」 「うん、ここにいるといろいろ思い出しちゃうしね... 心機一転」 「そっか、そうだよね」 「ロフト付きの、天井高くて、いいところ、見つけて」 「良かった、ずっと元気なかったから」 「うん。これでいつでも、部屋でくび吊れるなって!」

      • あの女、

         金曜日。仕事から帰る足取りは、一週間分の疲れを乗せ、重い。  でもこの「スモーキー」の小さな扉に手をかけると、指の先から嫌なことが抜けていく気がしていた、いつも。 「スモーキー」は、カウンター八席だけの小さなバーだ。薄暗い照明がジャズの音色と共に、壁の古びたポスターをぼうっと照らす。  ここは、転勤で新しい街にやってきた俺が、最初に見つけた居場所。行きつけのバーができたら、男として、なぜか一人前な気がした。  いつものスモーキーで、いつもの仲間と、いつも通り、俺は飲んで

        • ある日曜日

          いろいろあって、日曜日の昼下がり、私は洗面所でパンティを洗っていた。 レースの部分は至極やさしく、 オマタに当たる部分は丁寧に、揉み込む。 人肌の湯に、石鹸をつけ、掌で泡を弾かせ布地を擦る。 この令和に、こんなにも惨めなこと。 男には、分かるまい。 男は、自分の履いたパンティを手洗いすることなんて、ないだろうから ふと思った。今日は、映画館で、映画を観たい気がする。 昨日も、同じことを思った。けど、ちょうど今すぐ見られる観たい映画がなかった。 いや今日は、この際、

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          映画「悪は存在しない」のネタバレ新考察。 悪は存在すると思いますか? 出演者に聞いてみた!

          今日。土曜日。朝起きるとlineが入っていた。 「悪は存在しない、見た?めっちゃ評判高いよ」と、信頼筋からの連絡だった。 私は今日、それを観に行くことを即決めた。少し寝ぼけていたせいもあったかもしれない 夕方、渋谷。映画の前に腹ごしらえをと、ミヤシタパークでほんの少しのタコスを買ったら二千円した。東京はくそだ。が、とんでもなく美味しかったから、それはいいこととする。さすが東京だ さあさあ、それで、宮益坂のビックカメラの上の映画館に行く。 私ここ、好きなんだよね。ビックカメ

          映画「悪は存在しない」のネタバレ新考察。 悪は存在すると思いますか? 出演者に聞いてみた!

          疑惑【ショート小説】

          ソファの溝に、きらりと光るものが見えた。 嫌な予感がした。竜次がトイレに行った隙を見計らい、それをつまみ上げる。 金色のチェーンにいくつもの星型が付いた、天の川のようなイヤリング。 はっきり言って、超ださい。こんな学生が付けるようなデザイン。 もちろん、私のものではない。 竜次とは付き合って、一年が経った。お互い仕事があるので、会うのは主に週末。今日みたく、竜次の部屋で過ごすことが多い。 恥ずかしい話、身体の触れ合いは、ほぼ、無い。 でもそれは、当初からそうだったから

          疑惑【ショート小説】

          人生ではじめての散歩【エッセイ】

          わたしは、いままでの人生、散歩をしたことがない、と、土曜の夜に気がついた。 んなわけあるか、てかんじだと思うけど、 もちろん、なにか出かけたついでに、ちょっとまちを散策するとか、 帰り道をちょっと寄り道して歩くとかはあるけど、 「よしっ!今日は散歩するぞ!」 と、決めて、散歩を目的に散歩をしたことがないな、ということに気付いたんです みんなどうなんだろう。 あしたは、散歩Dayだぞ!とか決めていく人っているのかな。 健康のためのウォーキングってのも、目的が散歩じゃないか

          人生ではじめての散歩【エッセイ】

          映画「ボーはおそれている」 どこのネタバレサイトにも書かれていなかった、たったひとつの真実

          話題の、「ボーはおそれている」 を、映画館で観てきました。 三時間の映画を、映画館で観たのって、はじめてかもな。 わたし、アリ・アスター監督の作品は、全部観てます。ミッドサマーも映画館でみて、超萎えた思い出、笑 正直、「ボーはおそれている」一回観ただけだと、難解なところもあるかな、と思って いろいろなネタバレサイトをみてみたのですが、 今自分が感じている「これだろ!」という解釈を書かれているサイトがなかったので、 映画レビューのため、筆を取った次第です。 ーーーーー以

          ¥100

          映画「ボーはおそれている」 どこのネタバレサイトにも書かれていなかった、たったひとつの真実

          ¥100

          テキーラ二つで、再開【ショート小説】

          「うそ、アッコじゃん」  聞き覚えのある声がした。  バーカウンターの端に、真理子はいた。 「え、すごい偶然、何年振り? 何してるの」  女は勝手に隣のハイチェアに移動してくる。  真理子だ。ちょっと歳を食って、目元に小さな皺はあるが、ほとんど変わっていない。  真理子はいきなり私の左手を取り、「まだ独身? 相変わらず太い指」と笑った。 「あんただって独身なんでしょう」 「私はバツイチだから。未婚とは大きな差が」  手を振り払うと、気まずい空気が流れた。なんせ、真

          テキーラ二つで、再開【ショート小説】

          浮遊者

          だれがボクを見ている。だれもボクを知らない。 ボクだって、ホントウの自分を知らないのかもしれない。 夜がはじまるころ、ボクは目をさます。 ここからが、ボクの一日。はぁ、とため息をついて、身体をおこした。 「回収、行ってくるね」  となりでまだ眠るロンさんに声をかけて、ボクはアジトを出る。 ボクの身体は軽い。ふわふわしていて、ゼリーみたい。 昔、クラゲになりたいって思ったからかもしれないけど、今のボクはまさにクラゲの姿をしている。 でもクラゲじゃあ、ないからね。 ボクは

          出発、進行【ショート小説】

          東京・竹芝桟橋を出てから、どのくらい経っただろう。 私は、小笠原諸島へと向かう船に乗っていた。片道二十四時間かけた船旅。 世界遺産にもなり、いつか行ってみたかったが、叶わぬままだった。 よし、行くか。 新卒から二十年勤めた会社を辞めた日、いちばんに決めたことだった。 海の上は、携帯電話の電波が入らない。聞いてはいたが、これが思った以上にしんどい。 デジタルデトックス。 自分に言い聞かせるが、独りでこの時間を過ごすのはやはり辛い……なら、飲むしかないじゃない。 デッキ

          出発、進行【ショート小説】

          私のずっと大事な勝手な男【ショート小説】

          「おす、奈央、久しぶり」 五年ぶりに現れた川瀬は、なにも変わっていなかった。 「遅い。待ったんだけど。おごり決定ね」 「いやお前ね、和歌山って大阪の隣と思っとるやろ? 遠いのよ、これが」 川瀬は、会社でいちばん仲の良い同期だった。初めて新入社員の研修で会ったときから、なぜかずっと知り合いだった気がした。 私はずっと、川瀬が好きだった。正確に言うと、好きになったり、やっぱりそうでもなかったり。日によって揺れる感情だった。 ある日、川瀬は美人の先輩と勝手に結婚をした。

          私のずっと大事な勝手な男【ショート小説】

          「私は最強」

          「見た? また白鳥さん、営業一位だって」 「成績は本当にすごいけど、相変わらずお高く止まってる」 「どうせ枕営業じゃない、なんて言われてるしね」 「ごほんっ」 トイレで噂話をする事務課の女性たちに、私は小さく咳払いをした。少し気まずそうにしながら、どこかへ消えて行く。 彼女たちが嫉妬から、陰口を言うのも無理はない。 白鳥杏奈は、最強だからだ。 彼女は、インターネット回線販売会社である、このジョイネット・東池袋営業所で、常に成績トップのスーパー営業マンだ。  二

          「私は最強」

          私の檻に閉じ込めたい【ショート小説】

          「うわっ、なつかし」 居酒屋の棚に置かれた小さな本を取る。 動物占い。一世を風靡した、生年月日から十二種の動物にあてはめて性格診断をするという、単純な占い本だ。 「あの頃は、テレビでもズバリ言うような特集がよくあって、占いブームだったなぁ」 「知らないです俺、生まれてないかも」 「そんなわけないでしょ。生年月日教えて」 「一九九五年、六月五日です」 若いな、と思った。若すぎるよな、さすがに。私は、ぐいと卓上のビールを飲み干す。 「えっと、花本はコアラ。サービス

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          理想の家族(ファミリー)

          「ねぇ、ママ、殺したよ」 「そう」 ママは、僕のことを見もせず、返した。 「ママ、もうすぐ、僕の番なのかな」 「そうかもね」 やっぱり、僕のことは見ずに言った。 父は、ソファに座って、その会話を聞いていた。 殺したのはこれで五人目。年齢も性別も、様々だった。 うるさくて偉そうなやつが大半だったけど、幼い女の子を消すときは、やっぱりちょっと、ためらいがあった。 でも、僕が、生き残るためには仕方がない。 余計なひとは早く消しなさい、と、毎週先生が言うから、先生が言

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          キャンセル待ち【ショート小説】

          「でもよく、この店、予約取れたな」 「うん、十カ月待ちだったけど、毎日毎日毎日、予約サイトをチェックして、キャンセル出るの狙ってたのぉ」 「執念じゃん。あ、すみません、ビールおかわりひとつ。けど、本当に評判通りの店だな。とり肉はぷりぷり、野菜も香ばしく焼けてるのに、瑞々しさがすごい。特にこの椎茸」 「ちょっと感動するよねぇ」 「ビールおまちどうさまです。何回かいらしてくださってます、よね」 「いえ、初めてで」 「失礼しました。奥様に、よく似た方がいらっしゃって、勘

          キャンセル待ち【ショート小説】