私のずっと大事な勝手な男【ショート小説】

「おす、奈央、久しぶり」

五年ぶりに現れた川瀬は、なにも変わっていなかった。

「遅い。待ったんだけど。おごり決定ね」

「いやお前ね、和歌山って大阪の隣と思っとるやろ? 遠いのよ、これが」

川瀬は、会社でいちばん仲の良い同期だった。初めて新入社員の研修で会ったときから、なぜかずっと知り合いだった気がした。

私はずっと、川瀬が好きだった。正確に言うと、好きになったり、やっぱりそうでもなかったり。日によって揺れる感情だった。

ある日、川瀬は美人の先輩と勝手に結婚をした。
数年後、勝手に離婚した。
それを機に、家業を継ぐと言い出し、十五年勤めた会社を勝手に辞めて、勝手に和歌山に帰って行った。

「せっかく大阪出張ならこんな串カツ屋やなくて、もっと洒落た店にしたら良かったのに」
「本場の串カツ食べてみたかったんだもん」
「まぁ、揚げもんとビール飲んでる奈央、ほんま似合うけど」

ふざける川瀬の横顔を見ると、たまらない気持ちになった。
目は一重だし、鼻は高いけど普通の顔。眼鏡もちょっと曲がっている。

でも、彼と話したいことが、いっぱいあった。

「どしたん、そんなに俺を見つめちゃって」
「なんか、やばい、ひさびさに波が来たかも」
「え、波って、腹痛の? トイレあっちやで」

 川瀬の肩を小突く。お前力強いねん、と笑う。そして、不意に、真面目な顔をして言う。


「あのさ。俺、再婚すると思う」


 じゃあ、私はその時どんな顔をしていたのだろう。

「うちの手伝いしてくれてる子と。ええ子よ。ちょっと若いけど。今度会ってよ」
「おめでとう川瀬! 二度付け禁止だぞ」
「意味分からへんて」

川瀬をもう一度小突いて、席を立つ。なんでよ。また勝手に人生を決めてさ。
なんで。あぁ、やばい。トイレに駆け込む私を不思議に思っただろうか。
急いで上を向いてみたけど、もう全てが遅かった。なんでよぉ。

私の波は涙に形を変えて、狭いトイレの渦の中へと消えていった。


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