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汐風に魅入られた町で

登場人物3人 女性・男性どちらでも可 兼ね役可 アドリブ可 
語尾などの軽微な変更可。
配信などでの使用はご自由にお使いください。


ボク:高校1年生の少年。深夜に徘徊している。

千夏:大垣八幡神社に住む神の遣い。

由衣:伊豆にある神社の神の遣い。千夏の知り合い。



「稲荷神社の秘密」「ある神の遣いの物語」の続きです。

―――――――――――――――――――――――――――――――――


由衣:誰だ?こんな真夜中に。

ボク:え、あ、えっと……

突然現れた由衣に少年はすっかり驚いてしまった。

由衣:それに普通のニンゲンなら、あんたはあたしのこと見えないはず。
由衣:なのにどうして見えてんだ?

ボク:どうしてって言われても……見えてるからとしか……

由衣:ふーん……困った少年。

ボク:は、はぁ……

由衣:それで?あたしに何の用?しかもこんな夜中に

ボク:あ、て、手紙を預かりまして……

由衣:手紙?誰から?

ボク:ち、千夏さんです。
ボク:大垣八幡神社に住んでる……

ボク(モノローグ)
海のすぐそばの神社。深夜にそれなりに強い海風にあたりながら、赤い着物を着た茶髪のポニーテールの女性に詰められている。
なんでこんなことになっているのだろうか……


場面転換
数日前・深夜2時頃・岐阜県大垣八幡神社にて。



ボク:さ、寒くなりましたね……

千夏:えぇ。もう年の瀬ね。

ボク:外でキセル吸ってて寒くないですか?

千夏:寒いわよ。何枚か羽織ってるんだけれど……焼け石に水ね。

ボク:アハハ……中で吸えばいいのに。

千夏:木にキセルの匂いがついちゃうのよ。それは困るわ。

ボク:はぁ……そういうもんですか。

千夏:そうよ。一応神様も観てるかもしれないからね。

ボク:た、たいへんですね……。

千夏:まったくよ。
千夏:この時期になると参拝客も増えるしね。

ボク:あぁ……もうお正月ですもんね。

千夏:えぇ。ほとんどの神社にとっては書き入れ時ね。

ボク:ほとんどの神社……

千夏:……悪かったわねぇ。ご利益のない神社で。

ボク:そんなこというつもりじゃ……

千夏:まぁいいわ。
千夏:少年は年の瀬、どうするの?稲荷の方に参拝かしら?

ボク:あー……今年はその……母さんの実家に行くことになりまして……

千夏:帰省ってやつね。どこなの?

ボク:下田です。静岡県の。
千夏:伊豆からさらに海側に行った所?

ボク:そうです。おばあちゃんの家から少し歩けば海なんですよ!

千夏:そうなの……

ボク:な、なにか?

千夏:……もしかして駅から近い?

ボク:駅?伊豆急行の駅のことですか?

千夏:えぇそう。その駅だと思うわ。熱海から続いてる電車の終点だったはず。

ボク:あ、じゃあそうですね。

千夏:いつ行くの?

ボク:えっと……明日?
ボク:あ、もう今日ですね。昼頃に出ます。

千夏:そう……
千夏:ひとつ頼まれてくれる?

ボク:え?いいですけど……

千夏:ちょっとまってて。

そういって千夏は社殿の中へ入っていった。

数分後

千夏:ハイこれ。

千夏は手紙を少年に手渡す。
時代劇でみるような、長くて白いザラザラした紙に筆で何かが書いてある。

ボク:これは……

千夏:手紙よ。見ての通り。

ボク:これを渡せばいいんですか?

千夏:えぇ。駅から少し歩いたところに、下田八幡神社っていう神社があるのよ。
千夏:そこにいる由衣って遣いに、その手紙を渡してほしいの。

ボク:下田八幡神社の由衣さんですね。

千夏:そう。それだけでいいから。

ボク:ちなみにその……由衣さんっていうのはどういうお方なんですか?

千夏:どういうって……あたしと同じ神の遣いよ。
千夏:去年会ったときは明るい茶髪をポニーテールにしてたわ。着物は確か赤だったと思うわ。

ボク:なるほど……そんな外見の女の人を探せばいいんですね?

千夏:まぁでも……神社の社殿の近くに行って名前を呼べば出てきてくれると思うわ。

ボク:わ、わかりました……。

千夏:ちょっと怖いかもしれないけれど、根はいい子だから。

ボク:こわい?

千夏:語弊を恐れずに言えば男勝りっていうか……気が強い子よ。

ボク:あぁ……なるほど……ヤンキーみたいな感じの怖さってことですか?

千夏:……本人にはそれは言わない方がいいと思うけれど……そんな感じで合ってると思うわ。

ボク:まぁ……わかりました。じゃあ早速明日届けますね。

千夏:お願い。それじゃあ……少し早い気もするけれど、良いお年を。

ボク:あ、ありがとうございます。
ボク:千夏さんもその……よいお年を。

千夏:ありがとう。

そういって少年は神社から帰っていった。



場面転換
翌日の深夜2時頃・下田八幡神社にて。



ボク(モノローグ):ここか……。下田には何回か来てるけど、ここに来るのは初めてだな。
ボク(モノローグ):千夏さんの神社より大きいな……。

ボク:あのーすみません。

少年は広い神社の敷地に響くような声で、神の遣いを探す。

ボク:由衣さん。由衣さんって方に用があってきたんですけどー!

ボク(モノローグ):何回か呼んでるけれど一向に姿を見せない。神社間違えたかな?

ボク:あのー!

由衣:おい……お前……

少年の後ろには、いつのまにか千夏くらいの若い女性が立っていた。
千夏の言っていたとおりの、長い茶髪をポニーテールにした鮮やかな紅い着物を着た女性。
パッチリとした目を見開いた顔立ちの整っているその女性は腕を組んで、少年のことを見下(お)ろしていた。

ボク(モノローグ):ということがあり今に至っている。今日初めて来た真冬の真夜中の神社は、ボクが思っていたよりも怖い場所なのかもしれない。

由衣:千夏……。
由衣:ともかく……社務所の中に入れ。話はそれからだ。

ボク:は、はい……

そういって由衣は少年を社殿から少し離れた社務所に招き入れた。
中はアカリの神社の社務所と似たような感じで、和室に小さめのテーブルと座布団が4枚敷いてある。由衣が上座に胡坐をかいて座ると、少年は机を挟んで向かいに座る。

由衣:それで?千夏の遣いでここに来たと言ったな?

ボク:は、はい。下田に行くと言ったらこの手紙を渡されて、由衣さんって神の遣いに届けるように言われました……。

そう言って少年は机に手紙を置いて、由衣の方に差し出す。

ボク(モノローグ):由衣さんはそれを無言で手に取ると、封筒から中身を取り出して中を読み始める。顔が少し怖い。

由衣:なるほどなぁ……

ボク(モノローグ):なにが「なるほど」なのかはわからないけれど、とりあえず手紙は渡せた。もう帰ってもいいかな……。

ボク:じゃ、じゃあ……ボクはこの辺で……。

由衣:待て。

ボク:え?

由衣:折角来たんだ。もう少し話そうじゃないか。

ボク:は、はぁ……

由衣:時に少年。ご両親はどうした?

ボク:親ですか?ばあちゃんの家で寝てると思いますけれど。

由衣:黙って出てきた?

ボク:は、はい……

由衣:岐阜にいるときも?深夜に家を抜け出してそこら辺ほっつき歩ってるの?

ボク:べ、別にあなたには関係ないでしょう……

由衣:あぁ?

ボク:な、なにか?

由衣:子どもが深夜にフラフラしてるのを見過ごすわけにはいかねぇだろ。

ボク:ほっといてくださいよ……千夏さんだってアカリさんだって何にも言ってこないですし。

由衣:アタシはあの2人ほど甘くねぇんだよ。

ボク:うぅ……

由衣:それで?質問に答えてくれるか?

ボク:も、黙秘します。

由衣:ほぉぉ……

ボク:大体さっきからなんなんですか!
ボク:ボクはただ手紙を届けに来ただけですよ?

由衣:その手紙だよ。

ボク:は?

由衣:手紙に書いてあんだよ。「少年がそっちにいる間、面倒見てあげて」って。

ボク:えぇ……

由衣:なんでイヤそうな顔すんだよ!

ボク:いや……その……

由衣:フン。言いたいことくらいハッキリ言えよ。

ボク:て、手紙を見せてください。

由衣:はぁ?

ボク:本当に書いてあるか見せてください。

由衣:ダメに決まってるだろ。

ボク:な、なんでですか?

由衣:乙女同士のやり取りを覗こうなんて100年早い!

ボク:えぇ……じゃあもういいですよ……

由衣:よし。それなら……

ボク:やっぱりボク帰ります。

由衣:あぁ?

ボク:手紙は渡したんでもういいでしょう。

由衣:逃げんの?

ボク:……なんとでも言えばいいでしょう。
ボク:それじゃあ失礼します。

そう言って少年は立ち上がると、由衣に背を向け玄関の方へ向かう。

由衣:そんなんじゃ千夏が悲しむと思うけどなぁ。
由衣:ワザワザ手紙まで書いてアタシにお願いしてきたのに。

少年は玄関で立ち止まる。

由衣:まぁいいさ。千夏には「少年はアタシと向き合うことから逃げました。とっても傷つきました」って手紙を送っとくから。

ボク:……性格ワル。

由衣:ホラ。はやく帰れよ。

ボク:……

少年は立ち止まったまま、なぜか玄関の扉を開けることができない。

由衣:ま、気が変わったら明日の夜ここへ来な。次は社務所のチャイム押せよ。

少年は何も言わず、扉をおもいっきり閉めてその日は帰った。



場面転換
翌日深夜1時頃・下田八幡神社にて。




由衣:フン。来ると思ってた。

ボク:……

由衣:社務所で座って待ってな。すぐ行くから。

―社務所にて。
由衣はどこからか古い本を数冊持って現れた。

由衣:よいしょ。

由衣はそれを目の前のテーブルに置いて、少年の方に差し出す。

ボク:これは……

由衣:見ての通り。この辺一帯について書かれた歴史書だ。

ボク:これを読めと?

由衣:あぁ。

ボク:あの……どうしてこんなのを?

由衣:歴史書のことを「こんなの」呼ばわりするのは気に喰わないけど……
由衣:いつもとは違う場所に来たんだ。その土地の歴史とか地理とかを知っとくのも悪くはないだろ?

ボク:は、はぁ……

由衣:少年高校生だろ?それくらいの本ならまぁすぐに読めるだろ。

ボク:あの……

由衣:ん?

ボク:ボク高校は半年くらい行ってなくて……ロクに勉強してないんであんまり……

由衣は少し驚いた反応をしたが、少しして少年に話す。

由衣:……学校の先生は何にも言ってこないのか?

ボク:最近はボクみたいな不登校も多いらしいですし……先生にとってボクは、その他大勢の面倒な生徒の1人なんでしょう。

由衣:……随分と冷たい世の中になったもんだなぁ。

ボク:え?

由衣:まぁいい。じゃあ少し時間がかかってもいいから、日が昇る少し前までここでそれを読んでろ。
由衣:アタシは他にやることがあるんだ。何かわかんない所があったら声かけろよ。

ボク:は、はい……。

そういって由衣は立ち上がり、どこかへ行ってしまった。

ボク(モノローグ):一体なんなんだよ……。
ボク(モノローグ):なんで千夏さん……あんな怖い人にボクを会わせたんだろう……。


数時間後・日が昇る少し前に……



由衣:どうだ少年?どれくらい読めた?

どこからともなく現れた由衣は少年の目に座る。

ボク:1冊は読めました。歴史の奴です。今は2冊目の途中です。

由衣:ふーん。結構読むの早いじゃないか。

ボク:ま、まぁ……
ボク(モノローグ):ちんたら読んでて「遅い」なんて説教されちゃあたまんないからな……

由衣:それで?1冊目の本には何が書いてあった?

ボク:何って……この町、下田というか伊豆の歴史?について書かれてました。戦国時代くらいから。

由衣:読んでみてどうだった?

ボク:どうって言われても……色んなことがあったんだなぁって感じです。

由衣:……例えば?

ボク:例えば……静岡県ってずっと徳川家とかが治めてたのかなって思ってたんですけど、元々は北条家だったんですね。

由衣:元々というか、勝手に攻めてきたんだけどな。

ボク:由衣さんはその頃からここにいたんですか?

由衣:アタシがここに来たのはもっと後。下田港が開港した後に来たんだ。

ボク:じゃあ明治時代頃からずっとここにいるんですか?

由衣:あぁ。そうなるな。

ボク:へぇー。おんなじ所にいて飽きないですか?

由衣:……ニンゲンが何世代も変わると、その土地もガラっと変わるもんなんだ。
由衣:そういうのは、側で観てるのも悪くはないな。

ボク:ふーん。そういうもんですか。

由衣:ってか、普通そこは驚く所なんだけどなぁ……

ボク:え?

由衣:目の前に何百年も前から生きている、しかも神様の遣いが座ってんだぞ?
由衣:もっと驚いたり、感動したり……なんかそれっぽい反応ってのがあんだろう……

ボク:アハハ……千夏さんとかと関わってると、これが普通になっちゃって……

由衣:はぁ。まぁいい。今日の所はもう帰りな。また夜に来な。

ボク:は、はぁ……。
由衣:あ、本は貸してやるから。夜までに少しでも読み進めておけよ。

ボク:えぇ……

由衣:ん?なにか文句でもあんのか?

ボク:……べ、勉強させていただきます。

由衣:よろしい。
由衣:それじゃ、また夜に。



場面転換
翌日・深夜1時頃・下田八幡神社にて




由衣:少年。宿題は進んだか?

社務所の中で、由衣は少年に問いかけている。

ボク:は、はい……。2冊目も読み終わりました。

由衣:2冊目は何についての本を読んだんだ?

ボク:伊豆半島の産業史?みたいな本です。下田とか伊豆は観光業で支えられてますよって書いてありました。

由衣:そう……。なにか感想は?

ボク:まぁ……想像通りというか……そうだろうなぁって感じです。
由衣:なんでそう思うんだ?

ボク:伊豆ってジオパークとかいっぱいありますし、ここからちょっと行った所にも観光客向けに整備されたところありますからね。

由衣:ふーん。少年は行ったのか?

ボク:大分前に。

由衣:楽しかったか?

ボク:あんまり。古い町並みが並んでるだけで、あんまり魅力的には感じませんでした。
ボク:売ってるものも高いですし……

由衣:フン。

ボク:ん?

由衣:なんでもない。

ボク:……

由衣:なんだよ。

ボク:いえ……
ボク:昔は本当にあんな感じだったんですか?

由衣:まぁ……間違ってはないな。ただあんなにキレイな建物ばかりだったわけじゃないのは確かだ。
由衣:ボロボロの建物の方が多かったといってもいいだろう。

ボク:へぇ……それはその……みんな直すお金がなかったとか
そういうことですか?

由衣:そういう理由もなくはない。
でもこの町は海が近いだろ?だから汐風のせいで、他の場所よりも建物がすぐにダメになっちまうんだ。

ボク:な、なるほど……

由衣:ただ、ここに住んでるニンゲンは特別裕福ってわけでもない。そんな頻繁に修理できる余裕がなかったってことだな。

ボク:そんな事情があったんですね……

由衣:でもまぁ……あんな造り物でもノスタルジーを感じるニンゲンもいるのは事実だ。だからあれでいいんだ。それにほら……いんすたばえ?するんだろ?ああいうの。

ボク:そう……なんでしょうね。多分。

由衣:煮え切れねぇ返事だなぁ……

ボク:ボクインスタやってないから、よくわかんないんですよ。

由衣:ふーん。若いニンゲンはみんなやってるんじゃないのか?

ボク:友達いないですし。あんまり他人の生活にも興味ないんで……。

由衣:そうか。

ボク:それでその……3冊目ですけど……

由衣:それを読むのは後でいい。

ボク:え?

由衣:今日は手伝ってほしいことがあるんだ。

ボク:手伝い……ですか。

由衣:イヤか?

ボク:そ、そういう事じゃないですけど……いいんですかボクなんかで。ただの人間ですよ?

由衣:そんなこと言い始めたら、うちの神社の巫女さんだって女学生のバイトだ。気にするな。

ボク:えぇ……そうなんですか?

由衣:最近は人手不足らしいぞ。この神社の神主がぼやいていた。

ボク:はぁ……。まぁわかりました。何をすればいいんですか?

由衣:じゃあ……ついてきてくれ。

ボク(モノローグ):そういって由衣さんは僕を連れて、社務所の裏の倉庫みたいな所に来た。少しボロボロだし中は埃っぽい。

ボク:ここは……

由衣:見ての通り倉庫だ。今までに……といってもここ数十年分だけれど、この神社に奉納されたモノとかが置いてあるの。

ボク:奉納……こんなにたくさん……

由衣:アタシも頑張ってんだよ。

ボク:……頭が下がります。

由衣:それで少年。奉納品の目録なんだけれど、新しく書き換えたいんだ。

ボク:書き換える?

ボク(モノローグ):そういうと由衣さんはどこからか古くてボロボロな本を取り出して、僕に渡してきた。
ボク(モノローグ):中は表みたいになっていて、かろうじて目録とわかる感じだった。手書きでしかも墨で書いてあるからか読みにくい。

由衣:字もロクに読めないくらいボロボロになっちまっててな。ここに残ってる分だけでもわかるようにしておきたいんだ。

ボク:なるほど……
ボク:エクセルとかで作るのはダメなんですか?

由衣:何かの間違えでパソコンの記録とか見られると困ったことになっちまう。

ボク:たしかに……。じゃあ手書きで?

由衣:あぁ。ボールペンでいいからお願いできるか?

ボク:わかりました。

由衣:ありがとな。
由衣:じゃあアタシが年代と奉納品を読み上げてくから、少年はそれを書き留めてくれ。

ボク:わかりました。表を先に書くのでちょっと待ってください。

…………

ボク:準備できました。

由衣:じゃあさっそく……

そうして2人は1時間ほど作業を続けていく。

由衣:……ふう。少し休むか。

ボク:そうですね……少し手が痛いです。

由衣:じゃあ1回社務所に戻ろう。茶でも入れてな。

ボク:はい。

……社務所に戻った由衣は2人分のお茶を入れて、少年に1つを差し出す。

ボク:ありがとうございます。

由衣:少年のおかげで思ったより早く進んだよ。

ボク:いえ……
ボク:それにしても漁業安泰とか漁業繁栄っていうお願いが多いですね。ちょっとびっくりしました。

由衣:……読んだ本に書いてなかった?

ボク:キンメダイですよね。下田でたくさん水揚げされる。

由衣:えぇ。この神社は昔から漁師のおっちゃんたちが来てくれるんだ。

ボク:由衣さんはそのお願いを神様に届けてるんですよね?

由衣:あぁ。そうだな。

ボク:そういうお願いはやっぱり叶いやすいんですか?

由衣:そうだなぁ……折角お願いしてくれてるんだから、アタシも気合が入るってのはあるな。

ボク:……ここにいる方たちは、みんないい人なんですね。

由衣:ま、最近は参拝客も減ってるけどな。

ボク:え?そうなんですか?

由衣:漁師の高齢化と担い手不足・若いニンゲンも夏祭りと新年にしか姿を見せなくなっちまった。時代の流れってヤツだな。

ボク:じゃあ魚も取れなくなってきてるんですか?


由衣:……残念ながらここ数年は減ってる一方だな。

ボク:そうですか……。

由衣:まぁ仕方ない。漁師の数自体が減ってるんだ。それはアタシでもどうしようもない。

ボク:難しい問題なんですね。

由衣:そうだなぁ。ま、神の遣いにも色々あるってことだ。
由衣:それより少年。そろそろ続けるか?

ボク:そうですね。早く進めましょう。

ボク(モノローグ):そうしてボクたちは作業を続けた。あまりにも量が多くて残りは明日に持ち越しになってしまった。でもがんばったからか宿題はなくなった。




場面転換
翌日深夜2時頃・下田八幡神社の倉庫にて。





由衣:もう少しだな。

ボク:昨日から頑張りましたからね。

ボク(モノローグ):昨日に引き続き今日も作業をしている。棚もあと1つ。もうちょっとで終わる。

由衣:時に少年。

ボク:はい?

由衣:休憩がてら少し聞いてもいいか?

ボク:はぁ……どうぞ。
ボク(モノローグ):そう言うと由衣さんは少しボクから距離を取って、面と向かって聞いてきた。

由衣:なんで学校に行かないんだ?

ボク:……

由衣:多分行きたくないというか、行こうとすると体が重くなるんだろう?

ボク:……どうしてそう思うんですか?

由衣:本を読ませりゃわかんだよ。ちゃんと内容も理解してるし、今こうしてメモ取らせても字も大方間違いなく書けてる。てことは勉強についていけないワケじゃない。

ボク:……

由衣:だとしたら、原因はニンゲン関係……大方つまんねーイジメだろ。

少年は少し間をおいて答える。

ボク:さすが神様の遣いはなんでもオミトオシですね。

由衣:少年……

ボク:由衣さんも言うんですか?そんなつまんないのに負けんな。無理してでも行けって。

由衣:……

ボク:言うのは簡単ですもんね。なんにも知らなくても。

由衣:話を聞け少年。

ボク:……なんですか?

由衣:……昨日キンメダイの話をしたの覚えてるか?

ボク:は?

由衣:キンメダイってな、分類上は鯛じゃなくて深海魚なんだよ。実際深海に住んでるしな。

ボク:……

由衣:でも深海って光が届かないだろ?だからアタシらが陸の上で見るとあんなに派手な見た目をしているキンメダイでもな、光の届かない深海だと大して目立たないらしいんだ。

ボク:……何が言いたいんですか?

由衣:不登校って何かと目立つだろ?大垣なんて田舎じゃ特にな。それこそ後ろ指を指されることもあるだろう。

ボク:……

由衣:でもな。
由衣:アタシとか千夏とかと会う時はいつもとは違う。光があたらない夜なんだよ。
由衣:ここじゃお前も変に目立ちもしないし、学校の奴もいない。だからその……もっと気楽に、好きにしていいんだ。
由衣:泣いてもいいし、無理をしなくてもいいんだ。

ボク:……由衣さんはどこまで知ってるんですか?ボクのこと。

由衣:なんにも。なんにも知らないよ。
由衣:でも何かを抱えていることくらいは分かるんだ。なんとなくな。

ボク:……神様の遣いってすごいんですね。

由衣:そうだろ?お前の周りにいる奴らはスゲー奴らなんだよ。
由衣:だから、無理せず頼っていいんだ。

ボク:……

由衣:さて。辛気臭い話はここまで。残りを片づけちまおう。

ボク:……はい。そうしましょうか。

由衣(モノローグ):それから1時間ほどかけて、やっと目録作りは終わった。
今日はこのまま解散。また明日ここで少年と会う約束をして。



場面転換
翌日深夜2時頃・下田八幡神社にて。




由衣:それじゃあ少年。今日でお別れだ。

ボク:え?なんですか唐突に。

由衣:明日は大みそか。夜中には大勢人が来る。
由衣:アタシもむやみに姿を現すわけにはいかないし、参拝客の想いを受け止めないといけない。だから……

ボク:わかりました。なんだか寂しいですけど仕方がないですね。

由衣:……そうだな。
由衣:それで、少年にはこれを進呈しよう。

そういって由衣は1冊の本を少年に差し出す。
とても古そうな本で表紙には何も書いていない。

ボク:あ、ありがとうございます……これは……

由衣:3冊目の本だ。

ボク:ですよね……実はほんの少しだけ読んだんです。ほんとに最初の部分ですけどね。

由衣:そうか……

ボク:これ、前の2冊と違って小説ですよね?


由衣:あぁ。昔の物語だから表現が難しかったりするが、今は調べるのも簡単なんだろう?すぐに読めるさ。

ボク:なるほど。

由衣:でもそれは読まなくていい……というか少年が読みたくなったら読めばいい。強制はしない。

ボク:そ、そうですか……では、ありがたく頂きます。

由衣:よし。それじゃあその……良い年を迎えろ。

ボク:み、短い間ですけどお世話になりました。由衣さんもお元気で。

由衣:あぁ。ありがとう。

ボク:何か千夏さんに渡すものはありますか?手紙とか。

由衣:それじゃあ……よろしく伝えておいてくれ。

ボク:……それだけでいいんですか?

由衣:あぁ。それで十分だ。

ボク:わかりました。たしかに伝えます。

由衣:少年はいつまでこっちにいるんだ?

ボク:2日には帰ります。あっちに着くのは3日の夜ですかね。

由衣:そうか……それじゃあ達者でな。

ボク:あの……

由衣:ん?

ボク:また……来てもいいですか?

由衣:……こっちに来た時には顔を出せ。次はもっといろんな話をしようじゃないか。

ボク:わかりました。それじゃあまた。

由衣:あぁ。

そう言って少年は帰っていった。



場面転換
1週間後・深夜2時頃の大垣八幡神社にて。




ボク:こ、こんばんは……

千夏:来たわね。あけましておめでとう。

石段に座りキセルを吸っている千夏に、少年は声をかける。

ボク:お、おめでとうございます。

千夏:どうだった下田は

ボク:由衣さんはその……怖いし言葉遣いも荒いですけど、とってもやさしい人だと思いました。

千夏:フフフ。長いこと気性の荒い漁師の町にいるからね。色々と移ったんでしょう。

ボク:アハハ……。

千夏:でもいい子なのよ。あなたも色々と感じたことがあったはずよ。

ボク:えぇまぁ……。お土産?もくれましたし。

千夏:お土産?

ボク:はい。古い小説?です。

千夏:へぇー。なんて小説なの?

ボク:それがわかんないんですよ。あらすじをネットで調べてもタイトルが出てこなくて……

千夏:でも古い話ってのはわかるの?

ボク:うーんと……表紙とかページが大分ボロボロですし、紙も古いというか黄ばんでいて、今にも破れちゃいそうなんです。

千夏:少年はそれ読んだの?

ボク:はい。由衣さんに「気が向いたら読めばいいから」って言われたので。あっちにいる間ずっと読んでたんです。年越しの時は人がいっぱいいて夜に神社とか行けなくてやることなかったですし。

千夏:……それどんな話だった?

ボク:えっと……狐の嫁入り?の話です。

千夏:……

ボク:よかったら千夏さんも読みます?貸しますよ?

千夏:え、えぇ……そうね……気が向いたら読んでみようかしら。

ボク:じゃあ、その時は言ってくださいね。持ってきますから。

千夏:ありがとう。

ボク:それじゃあ……

千夏:あ、少年。

ボク:はい?

千夏:悪いんだけど、明後日から2・3日留守にするの。
千夏:その間はアカリに頼んであるから。

ボク:そ、そうですか……

千夏:まぁすぐに戻るから。ちょうどいい機会だし、アカリにも新年のあいさつくらいしときなさい。彼女喜ぶと思うわ。

ボク:わ、わかりました……。
ボク:じゃあその……寒いので今日は帰ります。

千夏:そう。じゃあまたね。

ボク:はい。また。

そう言って少年はいつも通り帰っていった。




場面転換
数日後・深夜1時頃・下田八幡神社にて。




由衣:……久しぶりだな。

千夏:えぇ。1年ぶりね。

由衣:社務所で待っててくれ。すぐ行くから。

千夏:そう……お邪魔するわ。

そういって千夏は社務所の中に入る。
少しして由衣が戻ってきた。千夏は少年が座っていた場所と同じところに足を崩して座っている。

千夏:ありがとね。少年のこと。

由衣:まさかニンゲンをよこすなんて……さすがに驚いたよ。

千夏:ふふ。あなたも驚くことなんてあるのね。

由衣:驚くっていうか……夜中に神社で、大声でアタシの名前叫んでるから、何かと思ったよ。

千夏:あぁごめん。神社で名前叫んだら出てくるって、あたしが言ったの。

由衣:ったく……変なこと吹き込むなよ。

千夏:まぁまぁ。

由衣:ま、大して役にも立てなかったけどな。

千夏:そうかしら?大分肩の荷が下りたような顔してたわよ。

由衣:そうか?

千夏:多分ね。

由衣:しかしなぁ。ニンゲンってのは残酷だよ。

千夏:そうねぇ。少年は悪い子ではないんだけどね。

由衣:昔っからイジメに会うのはあんな奴だ。相手のこと考えすぎて、変にメジメで、自己主張ができなくて……

千夏:理不尽よね。

由衣:はぁ……
由衣:まぁ無理してるのはお互い様なんだろうけど。

千夏:え?

由衣:だからアタシに頼んできたんだろ?何か声をかけてやってくれって。

千夏:……さぁね。そうなんじゃない。

由衣:相変わらず可愛くないねぇなぁそういう所。

千夏:うっさい。

由衣:ふん。素直になれよ。

千夏:なってるわよ。

由衣:どうだか。

千夏:そ・れ・よ・り!
千夏:あの置き土産は何のつもり?

由衣:ん?

千夏:とぼけんじゃないわよ。少年から聞いたわ。あの小説をあげたそうじゃない。

由衣:なんだ……あいつ読んだのか。

千夏:大みそかは神社に行けなくて暇だから読んでたそうよ。

由衣:そうか……。そりゃあプレゼントした甲斐があるってもんだな。

千夏:はぁ……。質問の答えになってないわよ。

由衣:答えも何も、それはお前が一番よくわかってるだろう。

千夏:……そういう選択肢もあるって言いたいわけ?

由衣:……自分の力だけじゃあどうしようもできない時だってあるだろう。

千夏:そうだけど……

由衣:だからって、おいそれとアタシらが出て行くわけにもいかない。

千夏:……

由衣:今じゃメッキリああいうやり方は減ったけど、できないわけじゃない。少年が望むならな。

千夏:……望むと思う?

由衣:さぁな。
由衣:でも、あたしたちみたいな存在が身近な少年にとっては、悪くないんじゃないのか?

千夏:そう……。

由衣:まぁ、それは少年が決めることだ。いざという時は相談に乗ってやれ。お隣の稲荷にもいるんだろうし。

千夏:そうね……確かにあの少年はあたし達に近づきすぎてしまった。

由衣:そうか?昔はよくあっただろう。大した問題じゃない。

千夏:……

由衣:ま、その時が来たら、また考えればいいんじゃないか?

千夏:……そうするわ。
千夏:それより、年の瀬はどうだった?

由衣:おかげさまで。たくさんのニンゲンが来てくれたよ。

千夏:そう……今年はいい年になりそう?


由衣:どうだろうなぁ……ただ、年々掛けられる願いが生々しくなってんのは確かだな。

千夏:少しずつ余裕がなくなってるのね。

由衣:ズバリ言ってしまえばそういうことだな。

千夏:景気悪いの?

由衣:……少年にも言ったんだけど、人口も減ってるし神社に参拝に来るニンゲンの数も減ってる。アタシらの力が弱まってくるのは時間の問題だろうなぁ。

千夏:アンタそんな難しい話までしたの?かいわいそうに。

由衣:繁忙期の神の遣いにニンゲンをしつけた奴が何言ってらぁ!

千夏:それはそれよ。

由衣:少年も素直に聞いてたんだ。いいだろ別に!

千夏:素直ねぇ……

由衣:ん?なんだよ?

千夏:なんでもない。ちょっと昔のこと思い出しただけよ。

由衣:昔のこと?

千夏:寺子屋時代のこと。あんた自分は全然話聞かないくせに、下の子が素直に話聞かない時はすぐ怒って。矛盾したクソガキだったなぁーって。

由衣:ケッ。そんな大昔のこと蒸し返しあがって……

千夏:クソガキってところ否定しないのね。

由衣:うるせぇ!お前もヒトのこといえないだろ。

千夏:あたしはもっといい子だったわ。

由衣:いっつもブスーっとして、可愛げがなかったじゃないか。

千夏:いいのよ。おかげで変なのも寄ってこなかったでしょ?変に愛嬌ふりまいてるよりはマシじゃない。

由衣:……お前は変わってないなぁ。

千夏:あんたもね。その荒い気性と言葉遣いには磨きがかかってるようね。

由衣:悪いか?

千夏:いいえ。あなたらしくていいわ。でも、少年怖がってたわよ。

由衣:ふん。大事なのは中身だ。違うか?

千夏:その通りだと思うわ。だからアンタに預けたの。

由衣:……

千夏:なによ?急に黙っちゃって。

由衣:な、なんでもねぇよ。

千夏:変なの。

由衣:それより!今日は泊まってくだろ?

千夏:えぇ。そうさせてもらうわ。

由衣:じゃあ……ちょっと待ってろ。

そういって由衣はどこかへ行ってしまった。少しすると日本酒の瓶とグラス2つを持って戻ってきた。

由衣:これ……奉納品なんだけど、せっかくだし飲んじまおう。

千夏:あら……神様のお許しはもらったの?

由衣:あぁ。ここら辺は昔からいい酒がたくさん造られるから、奉納量も多いんだ。神様ももらいすぎて困ってるくらいなんだと。

千夏:へぇ……あたし、あなたほどお酒に強くないけれど、それでもいいなら……

由衣:よしきた!
由衣:じゃ、この1年の積もる話でも聞かせてくれよ。

千夏:いいけど……あたしの所は参拝客もほとんど来ないから……大した話もできないわよ?

由衣:そうかぁ?
由衣:それじゃあ……まずはあの少年との出会いから、たっぷり聞かせてくれよ。

千夏:……最初からそれが目当てだったのね。

由衣:さぁなぁ?なんのことだか。


少年を酒の肴に、話は朝日が昇るまで続いた。
どこからともなくやってくる汐風は、今日も強く吹いていた。


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