僕の小規模な退職 その64
「大人になれ」
嫌いな言葉だ。
「大人になれ」
最後に言われたのはずいぶん前の事。
もう何年も言われていない。
でも頭にへばりついて離れない。
ふとたまに現れて不快な気持ちにさせる。
言われた時の状況がよぎる。
「大人になれ」
この言葉を言われる時。
大体の場合はこうだった。
言う事を聞かせたい時。
我慢を強いる時。
何かを強要する時。
意見を黙らせる時。
考えをねじ伏せる時。
相手をコントロールしたい時。
子供のように振舞っていたのなら仕方がない。
珍走行為など他人に迷惑をかけていたなら納得できる。
更生のために向けられた言葉なら受け入れられる。
でも、そんな風だった覚えは無い。
仮に考えが幼かったとしても、それは経験値の問題だ。
考えが若いだけだ。
経験や年齢と共に考えだって成長する。
「青いな」
「青二才め」
そう言われた方が良い。
考えが「若い」と評価されただけなのだから。
存在は認められている状態だ。
でも「大人になれ」は違う。
考えを聞いてもらえない。
存在すら否定されているような感覚だ。
こちらの考え、意見には耳を聞かせず。
自分の考えを押し付けたい時にこの言葉が唱えられる。
「お前の考えなど不要だ。俺様が正しい」
そういった独善的な思考が見える。
それを押し付けるのは我儘では?
我儘を押し付けるのは大人なのかい?
言われている相手の気持ちは考えたことがあるかい?
相手の気持ちを考えないのが大人なのかい?
「大人になれ」
この言葉を唱える前に、是非一度自分に向けてみてはいかがだろうか。
44歳。推定無職。「大人になれ」と言う人ほど大人になれ
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