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瑞樹エピソード①「夏休みの部活」
信じられない。
朝9:00、気温は既に32℃、天気は晴れ。
当然部活動は夏休みにもあるわけで、バドミントン部も秋のオープン戦が控えているため活気付いて練習している。3年の先輩方がいなくなったので、より一層残った後輩たちである我々が頑張っていきましょう、という雰囲気だ。
別に部活動に来ることは嫌ではない。バドミントンは楽しいし、友人もいるからモチベーションは高い。
だがバドミントンというスポーツの性質上、無風の屋内という環境を作るために体育館の窓を全て閉め切って部活をやらなければならない。真夏の閉め切った体育館内は40℃をゆうに超える。
こんな灼熱の環境でやるスポーツなんて、現代の多様性社会にあっていないのではないか?つくづく信じられない環境だ。
休憩時間になり、逃げるようにバラバラと皆が外に出る。屋内に比べれば、風がある外の方がマシだがそれでも暑い。フィンランドサウナから低温のミストサウナに移動したくらいの感覚か。
体育館の普段出入口として使わない扉から外に出て、段差に腰かける。皆は日陰の方に行ったが、この日向側の出口は紫外線こそ痛いが風がよく入ってくる。最近こっちに来たので、特等席的な優越感を感じる。
「あぁ~?○○じゃん!いたんかよ」
女子の声がした。この男子のような荒っぽい口調を話す女子はバドミントン部には一人しかいない。小柳津 瑞樹(こやいず みずき)だ。
「うん、小柳津もこっちに来たの?」
「たまには気分転換にな~!あっちの日陰の方、風がこねぇだろ?あんま涼しくねーんだよな」
どうやら小柳津も同じ考えらしい。
小柳津は凄くボーイッシュな女子だ。運動神経が抜群でバドミントンはとりわけ強く、いかにも「女子」らしい所は少なめに見える。かといって意図的に男っぽくしている訳ではなさそうで、自然にエネルギッシュな点が彼女の個性であり魅力だ。
「そうだね、こっちは日差しがあれだけど風が入るから幾分涼しいよ」
「ん~、そー言われればこっちの方が涼しいんかな···?
でも太陽の光が痛いな!どっちもどっちだな」
ナハハ、と珍しい笑い方をした。普段そんな笑い方ではないと思うが。
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「いや~今日もあっちぃな~!私汗っかきだから汗凄いわ!···あ、でもお前はあんまり汗かいてないよな」
確かに小柳津は汗だくだ。額にも大粒の汗が垂れていて、なんとなく肌が濡れている感じがする。
「僕もかいてるよ。小柳津ほどじゃないけど···」
「んえ、私が異常に汗をかいてるみてーじゃん···なんかはずっ」
「僕はちょうど汗を拭いたあとだからね。汗って、こまめに拭かないとかえって体が冷えて良くないんだって、それに汗臭いのも嫌じゃない?」
「毎回拭いてたらタオルがたんねーよ!ん···でもな···(スンスン)」
突然小柳津が自分の脇の上あたりを嗅ぎ始めた。僕が余計な事を言って汗臭いと思わせてしまったかもしれない。
「小柳津が汗臭いってわけじゃないよ。ごめん」
「いや··· ○○の言う事も最もじゃんって思ってさ··· もしかして私って臭いんかな···?めちゃくちゃ汗かいてるし心配になってきた」
「臭···くはないんじゃないかな?」
もちろん小柳津を直で嗅いだこともないし、通りすぎた時や近くにいた時は完全に無臭だった気がするから、とりあえず当たり障りのない回答をしてみる。まあ臭くても臭いとは言わないけどね。
「ん~!なんか心配になってきた!○○、ちょっとニオイチェックしてくれよ!私の体、臭くないか!」
「えっ、どういうこと?」
「フツーにニオイを嗅げばいーんだよ!
それとも私ってもう既にくせーのか···?近付かなくても分かるくらい···」
そういう問題じゃない。異性に対してニオイを嗅いでほしいって言うのはかなり凄い事を言っている気がする。
「いや、そういうのは同じ女の子同士でやった方がいいんじゃない···?」
「いや今気になんだよ!頼む!!男子ってむしろオンナのニオイとか嗅ぎたいんじゃねーのか!?」
「そんな事はないと思うよ···でも小柳津は臭くないよ、今ここにいても全くニオイはしないし、普段も臭くないよ」
「ほんとか!?あぶね~··· でも、ちょこちょこ汗拭かなきゃな···」
小柳津は大きく息を吐いて安堵している。
彼女の顎からまた汗が一滴落ちた。
かなりノンデリカシーというか、ノーガードな発言というか、今のは危ないんじゃないのだろうか。
「よしっ!じゃ戻るわ!お前も早く来いよな!お礼に対一でしごいてやるぜ~」
満面の笑みで飛び上がって走っていった。軽く手を振り返しながらドリンクを手に取る。
日向の地面に置いていたせいかドリンクが少し温く感じる。あまり爽快感がなく、気分も覚めない。
対一か。小柳津のバドミントンの実力は全国クラスのため、大変"ため"になるだろうが、恐らく過酷なことは容易に想像がつく。
でも、小柳津のサバサバした性格やカラッとした優しさは好きなので、良い性格に免じてしごかれにいくことにする。
いつにも増して、今年の夏休みの練習はハードそうだ。