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【見習い日記⑦】 世界の中心で、「誰が豚やねん!」を叫ぶ
ボクは見知らぬ人からよく話しかけられる。
道や時間を尋ねられたりすれ違い挨拶などの生易しいものではないから困ったものだ。
郵便局で見ず知らずのおばちゃんにいきなり「お兄ちゃん!お腹すいたでしょ!」と、個包装の茎わかめを渡されたことがある。関西圏のあめちゃん文化だろうか?それとも相当ひもじい顔をしていたのだろうか?人肌に温まったその茎わかめを神経質協会のボクはもちろん口にすることはなかった。
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見ず知らずのおじさんとホームセンターでフライパンの性能について議論を交わした事もある。テフロン加工やマーブルコートについてだ。もちろんそのような知識は持ち合わせていないし、興味もない。ただフライパンコーナーを通過したかっただけなのだから。逆に、26cmで4000円位のそこそこ高いヤツをオススメして買わせたので、ボクにキックバックを頂きたいくらいである。
ショッピングセンターでは中学生くらいの女の子に「私のお母さん見ませんでしたか?」と尋ねられた。もちろん見ていない。まずもってお前は誰やねん案件である。「白いバッグ持ってるんですけど。」と、少しホラー要素も追加されたのが印象的であった。
道の駅で揚げたての芋天を食べていただけのボクの所へ、おばさん3人組が走って来て「車のエンジンがかからない」と緊急出動の要請を受けたこともある。もちろん整備士ではない。ハンドルロックを解除してエンジンをかけると大喜び。お礼にと揚げたての芋天をいただいた。腹パンパンになってしまい、そのあとに食べたシュークリーム1口目の感動が薄れてしまった。
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数年前に広島の厳島神社に参拝した際は、本殿正面から大鳥居が見える絶景スポットで写真を頼まれ、ボクの前に見ず知らずの旅行客5組以上の列ができ、足元にはデジカメやらスマホやらが順番に置かれてしまった。もちろんボクもただの旅行客である。些細な抵抗として「いきますよー!はい、チーーズ!」と大きな声で辱めようとしたことが仇となり集客に繋がってしまったようだ。
この他にも、夜の繁華街で財布も携帯も失くしたというサラリーマンから100円貸して下さいという事案が2回ある。DV彼氏から逃げ出してきたというパジャマ姿のギャルに警察まで連れて行ってくれと頼まれたり、自転車のチェーンの鍵を失くしたので切る工具を貸してほしい、各市町村が集まる「美味いもの市」的なイベント会場で関係者と間違われたのか無料で裏から入場させられちゃうなど、よく意味が分からないものや、すごく面倒くさいものまである。
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世間の人からボクのことはいったいどのように見えているのだろうか…。
ある日スーパーで買い物中、いきなり後ろから「ぶた!」と声をかけられた。声の感じからまだ幼子であろう。瞬間的にボクの頭に以下の選択肢が浮かんだ。
① ガン無視
②「坊や、挨拶の仕方がなっていないようだね」
③「誰が豚やねん!」
ここまで0,2秒。振り向きざまに③をお見舞いしt…
「す、す、すいません!!」走ってきたのはその子のママであった。顔は引きつり愚息の放言に完全に狼狽えていた。
「ぶたー」「ぶたー」指を指しながら繰り返す。「子供は正直ですからねー」の表情をし続けるボクとパニックに陥るママ。しかし我々が指の方向に目を向けると、精肉コーナーの多段冷蔵ケースに豚のオブジェが飾られていたのだった。その子と豚のオブジェを結ぶ直線上にボクが居ただけなのだ。
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子供の視点というものは時として我々大人を驚かせる事がある。気付きを与えてくれるのだ。子供には全く悪気は無く、物事の本質をストレートに見抜いている。豚のオブジェが見えたから「ぶたー」と言う。至極当然のことである。
ただし、ママにはボクのことが豚に見えていたということは言うまでもない。
「いや、誰が豚やねん!!」
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ご唱和ありがとう。そしてここまで話を聞いてくれてありがとう。仕事に戻らないといけないので失礼する。ボクは忙しいのだ。ではまた。