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良質の中華時代劇が描く「現代的テーマ」――夢華録

前話:かき氷だけじゃない!夏の台湾スイーツーー仙草凍 / 次話:台湾の夏はタケノコ料理で決まり!①――沙茶桂竹筍炒肉絲

 中国ドラマ「去有風的地方」がとても良かったという話を前に書きましたが、おかげで観終わってから、すっかり「風」ロス(←略称)になってしまいました。

 こういう時、皆さんはどうしますか? 

 わたしのロス解消方法は、「同じ俳優さんが出ているドラマを観る」です。

 というわけで、同じく劉亦菲リウ・イー・フェイさんが主演している中華時代劇「夢華録ムン・ホゥア・ルゥ」を観ることにしました。

 この作品は今年、wowowでも放送されましたので(日本語タイトルは「夢華録むかろく」)、既に御覧になった方も多いと思いますが、わたしは台湾のNetflixで観ました。

 いやあ、この作品もとても面白かったです‼

 一幅の絵画に込められた謎が宮廷を揺るがすというスケールの大きなミステリー設定あり、美しく情感豊かな恋愛あり、生き馬の目を抜く「ビジネス」の世界での頭脳戦あり、更に法廷劇的要素もあり……と、これでもかとばかりにエンタメ要素をぶち込んだ、華麗なる中華時代絵巻を堪能しました。

 簡単にストーリーをご紹介しましょう。

 時は宋の時代、主人公は趙盼兒チャオ・パン・アゥ。元々官僚の娘なのですが、父親が政敵によって殺された結果、「賤籍」の身分に落とされ、芸妓になります。

 その後恩赦によって「良民」の身分に戻り、今は「茶坊チャー・ファン」(昔の高級喫茶店みたいなところ)の経営者になっているという設定です(悲惨な幼少時代は回想シーンでちらっと出てくるだけなので、そういう場面が苦手な私としてはほっとしました)。

 盼兒パン・アゥが自分と同じような境遇の女性ふたり――料理の達人の三娘サン・ニャン、琵琶の名手の引章イン・チャンと協力し合い、宋の都である東京とうけいを舞台に、「ビジネス」の世界で成功をおさめるという、一種のサクセスストーリーなのですが、盼兒パン・アゥが、皇城司ホゥアン・チェン・スー(宮廷秘密警察)の顧千帆クゥ・チィエン・ファン陳曉チェン・シャオさんが演じています。カッコいい!)と知り合ったことにより、宮廷の政治闘争にも巻き込まれ、波乱万丈の展開になっていきます。

 ストーリー的にとてもよく練られていて、エンタメとして非常に面白い作品なのですが、特筆すべきは、テーマが「女性の自立」になっている点だと思われます。

 主人公の盼兒パン・アゥと、三娘サン・ニャン引章イン・チャンの三人の間のシスターフッドの描かれ方もすばらしく、観ていて胸が熱くなるほどでした。

 また、物語の縦軸である盼兒パン・アゥと男性主人公・顧千帆クゥ・チィエン・ファンの恋愛にも、「男女平等な恋愛」を描こうとする製作者側の意図が感じられました。時代劇でありながら、テーマ的にはとても現代的な印象があります。

 あ、でも、テーマは現代的ですが、内容は時代考証のしっかりした良質な時代劇で、特に中国語の部分に、とても面白く感じたところがありましたので、最後にそれをご紹介したいと思います。

茶坊チャー・ファン」を成功させた盼兒パン・アゥは、事業を拡大して「酒樓チィウ・ロウ」を開きます。その店が評判になり、なんと皇帝までお忍びで訪ねてきます。

 盼兒パン・アゥは相手がお忍びの皇帝だと見抜きつつも、さりげなく会話を交わします。このあたりの劉亦菲リウ・イー・フェイさんの演技は「さすが!」の一言で、とても見ごたえがあるのですが、ここでわたしが書きたいのは、盼兒パン・アゥの台詞の中の、次の言葉なのです。

「員外一定覺得妾身在吹法螺吧!」

員外ユアン・ワイというのは「員外郎」の略で、本来は古代の官職名なのですが、後に「富豪」を表す言葉になり、ここではお客に対する敬称として使われています。日本語の感覚で言えば、「お大尽だいじんみたいな感じですね。

妾身チィエ・シェンというのは「めかけ」の意味ではなく、女性が自らへりくだる時の一人称です。

 昭和の古い大衆小説などを読んでいると、「妾」という字に「わたし」とルビが振ってあることがあるのですが、これは古い中国語の用法に倣っているのです。

 さて、問題は吹法螺チュイ・ファー・ルォの部分です。中国語の文法は、英語と同じように動詞が目的語の前に来ます。ですから、日本語の文法に合わせ、書き下し文的に語順を変えると、「法螺ヲ吹ク」となります。そうです、「大袈裟なでたらめを言う」という意味の「ほらを吹く」です。

 上記の盼兒パン・アゥの台詞を日本語に訳すとこうなります(南ノ訳)。

お大尽は、きっとわたくしがほらを吹いているとお思いでしょうね?」

 語順が違うだけで日本語と同じですから、日本人には何の問題もない台詞ですが、試しに周りの台湾人に吹法螺チュイ・ファー・ルォって意味わかる?」と訊いたら、「わからない」と首をひねっていました。

 なぜこんなことになるのでしょうか?

 実は、「ほらを吹く」という意味を表す時、現代中国語(華語)では吹牛チュイ・ニィウと言うのが一般的だからなのです。

 こういうところから、日本語にはかえって古代中国の漢字と用法が残っていることがわかります。

 言葉は文化的中心地から同心円状に伝播していき、中心地から遠いところに古い言葉が残るという、有名な柳田國男の「蝸牛考」(方言周圏論)は、こんなところにも応用できそうで面白いですよね。

 他にも面白い台詞がいろいろあったのですが、既に2000字を超えてしまったので、今回はこの辺にしたいと思います。

「夢華録」の日本語字幕付きのスペシャルPVがあったので、下に貼っておきます。↓↓

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※「華流ドラマに捧ぐ」というタイトルで、三首の短歌を「#推し短歌」に投稿しています。↓↓よろしければ、こちらもぜひ!↓↓