「人生の味わい」を丁寧に描き出す傑作!――中国ドラマ「去有風的地方」(「風の吹く場所へ」)
わたしは現在、台湾に住んでいます。
皆さんもニュースなどでご存知のことと思いますが、台湾と中国の政治的な緊張はずっと続いていて、わたしはそれを肌で感じる環境にいます。
でも、面白いことに――と言っていいのかどうかはわかりませんが――「政治」と「文化」は違うんですね。
例えば、テレビドラマを例にすると、台湾の動画配信サービスでは、日本や韓国のドラマと共に、中国のドラマもたくさん配信されていますし、皆普通に観ています。
わたし自身も、台湾ドラマを観たり、日本ドラマを観たり、韓国ドラマを観たり、そして中国ドラマを観たりして楽しんでいます。
最近観たドラマで、わたしの中で神作となっているのが、中国ドラマ「去有風的地方」(「風の吹く場所へ」←南ノ訳)です。
わたしは元々「小品」と呼ばれる作品が好きなのですが、「去有風的地方」は正にその系列に属するもので、普通の人びとが人生の中で経験する喜びや悲しみを、美しい自然の中で、とてもとても丁寧に描いた作品です。
簡単にストーリーを紹介しましょう。
北京のホテルで管理職を務めていた主人公の女性・許紅豆が、親友の死をきっかけに大都会を離れ、元々親友と一緒に旅行に行くはずだった雲南省の農村に暫く滞在することにします。その生活の中でさまざまな人と出会い、自分の人生を見つめ直していく――という物語です。
主人公がそれまでの生き方を変えるきっかけになるのが、「異性の恋人の死」ではなく、「同性の親友の死」というところに、わたしは「現代」を感じ、たちまち引き込まれました。
他にも主人公が雲南省の村で、同じように都会から来たふたりの女性と親友になるのですが、ひとりは「網路作家」(ネット作家)、もうひとりは元「網紅」(直訳すれば「ネットで人気のある人」、日本的に言えば「人気ユーチューバー」とか「インフルエンサー」といったところ。もっとも、中国にYouTubeはありませんが…)で、やっぱりとても「現代」を感じさせる人物設定でした。
許紅豆は村に来てそうそう、男性主人公・謝之遙と出会います。謝之遙は大学を出た後、エリートとして北京で数年働いていたのですが、あえて生まれ故郷である雲南省の村に戻り、地域の発展のために尽くしている人物です。
このドラマの魅力は何と言っても、許紅豆を演じた劉亦菲さんと、謝之遙を演じた李現さんにあります。
中華時代劇の大スターである劉亦菲さん(日本では、ディズニー映画「ムーラン」の主役として知っている人が多いかもしれません)が、初めて現代ドラマの主演を務めるということで、配信前から大きな話題となっていたのですが、時代劇を演じている時とは一味違った、自然な魅力に溢れていて、すばらしかったです。
李現さんは、いわゆる「美男子」とは異なり、個性派・演技派と呼ばれる俳優さんですが、わたしはこの李現さんがとても好きで、その主演ドラマは全部観ています。
許紅豆と謝之遙のラブストーリーが物語の縦糸になるのですが、主人公のふたりを取り巻く脇役たちのエピソードも、とても興味深く丹念に描かれており、群像劇として出色の出来栄えでした。
このドラマの印象を一言で表現しろと言われたら、わたしは「人生の味わい」と答えます。
「去有風的地方」には、まだ人生が始まったばかりという子供から、人生の玄冬を迎えた人まで、あらゆる年齢の人が登場します。
子供には子供の、若者には若者の、中年には中年の、そして老人には老人の、それぞれの喜びや悲しみがあります。
また主人公のように、大学を出た後、大都会で奮闘してきたものの、ふと立ち止まってしまった人が見つめ直す「人生」があります。
このドラマに出てくる台詞は、いずれも非常に美しく繊細で、含蓄に富んでいます。その中でもタイトルと関わる名台詞が、以下の謝之遙の言葉です。(原文字幕は中国の簡体字なのですが、わたしのパソコンでは繁体字しか打てないので繁体字になっています。悪しからず)
「風的本質呢,就是空氣的流動。冷空氣向熱空氣流動就形成了風。人在感到疲憊寒冷的時候啊,也需要向溫暖的地方流動。」(「風の本質っていうのはね、つまり空気の流動さ。冷たい空気があたたかい空気の方へ流れると風になる。人間も同じで、疲れたり寒さを感じた時は、あたたかい場所へ流れていくことが必要なんだ」)
この名台詞は、下の予告編の中に出てきますので、ぜひ李現さんの中国語で聴いていただきたいです。
ちなみに、中国ドラマは日本のドラマとは異なり、俳優本人の声ではなく、声優の声をアフレコで入れているものもけっこう多いのですが、このドラマでは俳優自身の声が使われています。
※予告編(5分間)の「2:33」あたりに、上記の名台詞が出てきます。
この言葉は、正に許紅豆と、許紅豆と同じように都会からこの村にやってきた人たちを表しています。都会で「疲れたり寒さを感じた」彼らは、何ものかに誘われるようにこの土地へやってきたのです。そして、この土地の「あたたかい空気」の中で癒され、再び人生の意味を見出し、やがて都会へ戻っていったり、逆にそのままこの土地に残ったりするのです。
劉亦菲さんが「去有風的地方」の前に主演した中華時代劇「夢華録」(2021年)は日本でも今年、WOWOWで放送されたそうなので、このドラマも放送・配信されたらいいな、と心から思います。
珠玉の台詞、雲南省の圧倒的に美しい自然、現代的且つ内省的なテーマ。
まるで現実世界でこの人たちに会った気がするほどの、俳優たちの自然で味わい深い演技。
とにかく――
傑作です!
最後に、これまた印象的な主題歌をアップしておきます。郁可唯さんのやさしい声で歌われる詞は、「歌詩」と書きたいくらい繊細で美しい中国語です。
全部では長すぎるので、歌詞の一部を南ノ訳を付けてご紹介しましょう。(例によって簡体字でなく、繁体字で表記しています)
※※※※※
聽落雨掉進寂靜的森林 (ひっそりした森に雨の降る音を聞き)
看夕陽之下遠山的風景 (夕陽の照らす遠い山の風景を眺める)
屋檐的水滴 悄悄地氤氳 嵌入了眼睛(屋根の水滴が音もなく煙雲となって目の裡に嵌め込まれ)
世界像一座安靜的島嶼(世界は今、ひとつの静かな島になったかのよう)
雲朵的倒影 月色的缺盈 漫天的繁星 (雲の映る影、月の満ち欠け、満天の星)
迷失的腳步也慢慢被撫平 (方向を見失った足取りも、ゆっくりと落ち着きを取り戻す)
風吹起的時候萬里無雲 (風が立つ時、万里に雲無く)
去有風的地方 遇見你 (風の吹く場所へ 私はあなたに逢いに行く)
※※※※※
また、この動画のラスト近くに、やはりドラマの中の名台詞「時間會帶走一切,也會治癒一切」(時間は全てを連れ去ってしまうけれど、全てを癒してもくれる)が出てきます。
※
中国ドラマの特色として話数が多いというのがあります。「去有風的地方」(「風の吹く場所へ」)も全40話です。1話が約45分なので、日本の大河ドラマ並みの長さなのですが、わたしは一か所も二倍速で観たりはしませんでした。「小品」の題材で、しかも群像劇で、「拖戲」(中だるみ)的なところが全くなく、視聴者を最後まで惹きつけるという点でも稀有な作品だと思います。
※「華流ドラマに捧ぐ」というタイトルで、三首の短歌を「#推し短歌」に投稿しています。↓↓よろしければ、こちらもぜひ!↓↓