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ほぼ絶縁していた実家の父の家族葬をしたよ日記 閑話休題
名古屋のモーニング文化っていいよね
モーニング文化、特にここで言いたいのは、定年を過ぎた方々が、喫茶店のモーニングの時間に集うアレです。名古屋っつうか、中京圏のアレです。
父もその一員でした。
もともとよく立ち寄っていた喫茶店がつぶれ、そこから自然発生した気の合うゴルフ仲間たちが駐車場の広い喫茶店(尾張ではここ重要)にシマをかえたので、わざわざそっちまで通っていました。自転車で!!
その喫茶店は、かなり遠いし、坂もあるのに、止めてもきかずで。
自転車の踏み出しのフラフラ・ハラハラすることといったら! ともあれ、あのルーティンが父を鍛えたに違いないのです。
1、2回モーニングにおじゃましたことがありますが、サロンみたい、は言い過ぎかもしれないけれど、6~7人で、ゆるくつながってる感じで、悪くなかったです。
新聞を読んだり、雑談をしたり、ゆでたまごをもぐもぐしたりで。
気楽に参加できるコミュニティとして、喫茶店文化、ちょっといいなって。
関東、ことにつくばには、定年を過ぎた男女がゆるーく集うああいう感じの場所が、見当たらないんだよな……ある? 私が知らないだけ?
むろん、迷惑をかけていた可能性もあります。
あの口の悪さで口喧嘩もしたようだし……
と、おそれつつ食べログを見たら(そこも閉店してしまったのだが)、常連さんもいい雰囲気、なとと書いてあって、それはちょっとだけうれしかった。
高齢者に先進医療を行うということ
私は介護関係の仕事をしていた時期もあって、高齢者への医療と介護はやや手厚すぎる、若者に回したほうがいいね、と、実は、なんとなく思っていたのだけれど……
父の様子を見ていて、少しだけ考えが保留になりました。
もし、自分自身が高齢者になって、先進医療が必要になったら?
処置を望みそうだな~、そして、完全な治癒が望めなくても治療で生きる時間が少しでも伸びるのならば、おそらくそれも望んでしまいそうだな~、と、思ったので。
そして、どうしてそれが年齢で切られるのか(医者に渋い顔をされるのか)、そんなの理不尽だ、エイジズムだ、とも思ってしまいそうで。
もちろん、過剰な医療はどうかとも思うし、苦痛を伸ばしてただ生きているだけみたいなのは避けたいし、その場その場、状況によって意見は変わるんだけどね。
けれど、医療従事者側の無自覚なトリアージみたいなもので、一律に年齢で選別されるのも悲しいな、とも思ったのです。
トリアージと明確に意識されていないトリアージにはきっと日々さらされていて、お見舞いに来る人がいるいない、経済的に問題ないかあるか、年寄りより若い人、みたいなのはもう内面化されすぎていて医療する側も受ける側も意識すらしてなさそうだけど、なんかそんなこと考えなくてもいいくらい医療資源、介護資源が手厚く、豊富になるといいのにな~~~!!!!
むろん、そんなレベルで悩めるなんて、現時点でも日本の医療環境はすばらしいのだよなあ、いつもありがとうございます、おつかれさまです、と思っている部分もあります。
地域や時代が変われば、生き死にも一瞬で、運だけで、そんなことすら悩めないだろうから。
アパートの現状回復できるかな
シン実家に両親が暮らしはじめて、7年が経過しています。
私の夫名義で契約している賃貸アパートで、家賃などは当人たちが払っていて。
実家をひきはらうときにかなりの荷物を捨てて、結果的にはかなりの断捨離をし、となり町に引っ越したのです。
とはいっても、いまだ、その荷物の多いことといったら!!
この父の亡くなった時期に「整理しろ」「掃除しろ」というのはさすがにひどいかなあと思い言いだせないのですが、わりと油汚れとかカビとかに無頓着で驚いています。
昭和の、ずっと持ち家に住んでいた人ならではの気の使わなさだよ……。
借りた当初は「賃貸だからきれいに使ってね」と口をすっぱくして伝えていたけれど、「返すときのことを考えて」とは言えなくて、それはすなわち父母が亡くなるときなので、あまり口に出せなかった、ということもあり……退去時が思いやられる!!
巨大なたんすとかあって、どーすんだ、という感じで気が重いのです。
洗面所あたりの壁は、上から水漏れしたらしく汚れています。
母によると、不動産屋から上の階の水漏れの連絡を受けた父が「今直さなくてもいい。俺たちの退去のときに直してくれれば」と言ったとのことで、それはエラいが、ちゃんと不動産屋さんの社内で引継ぎがされているといいのだけれど……!!
父がそういう発言をしたのには、心当たりがあります。
昔の話だけど、実家の工場をたたむ数か月前、「工場の壁をメンテナンスで塗り直します」と土地の持ち主から提案があって、こっちはそれどころではない状態で、たたむことを極秘にしていたため止めてくださいとも言い出せないまま塗り直しされてしまった、ということがありました。
当然、土地のオーナーさんは経費をかけて塗り直しているので、「なんでやめることを言ってくれなかった」と、あとで不興をかったようで……
私も「今は仕事が忙しいから落ち着いてから」って断ればよかったじゃない? と言ったけれど、あとのまつりでした。
倒産前の心理状態では、きっとそれどころではなかったのだろうけれど。
あのことはきっと、父の頭によぎったろうな。
ただ、庭にいろいろ勝手に植えつけているのは、これはどうなんだろう?
現状回復で草木を抜けとは言われない、とは思うものの、母は、退去するときのことを一ミリを考えずに、今日もバラの手入れをしています。
家族葬のお金のこと
お金のことは本文中では伏せたのですが……。
まあ、それなりにかかったよね!!
父の場合は、家族葬とは言っても愛知では有名な葬儀社、A殿に頼んだ(母が互助会で積み立てしていた)し、しょうじき、そんなに安くはなりませんでした。
火葬代や、お寺さんに支払った分を含めると三桁超えています。
(と言っても、父が葬式代といって兄に残した生命保険から支払っているので、私自身は払ってはいませんが……)
今の社会情勢だと、安くするためにはかなりの強い気持ち・強い愛が必要になるようには感じました。
ただ、時代や地域によってかなり変わるものではありますよね。
今回、しつらえやお葬式の流れなどは、ほぼ通常のお葬式と同じもので、母世代には違和感なく、しっかりと見送ることができて、母にとっては満足感の高いものになったように思います。
関わってくれたすべての人に感謝しかありません。
お寺さんへのお布施は、あれは……
今は変革期ですね!!
ここでは多くを述べるまい……。
あちらも明朗会計になってきているし、こちらもふところ事情にあわせて交渉? 相談?するようになったからねえ(;’∀’)
以上、閑話休題でした。
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ほぼ絶縁していた実家の父の家族葬をしたよ日記です。 没後から49日ぐらいまでのあれこれをまとめてどうぞ。
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