飴
かぷりと彼女がわたしの腕を食む。冬なので当然厚着をしていて、フリース越しの歯の感触。皮膚に直接感じる彼女の感触もよいのだけれど、これも趣があってよいかも、という幻想を抱くことにする。
彼女は、ふー、ふー、と口の隙間と鼻で荒い息をしていた。わたしは彼女の両腕を探して見渡し、部屋の隅で重なっているのを見つけた。それはこたつから遥か遠くにあり、わたしも彼女もこたつに喰われたままで、逃れることができないでいる。
外を吹き荒ぶ風が木々や人工物を鳴らしていて、その音によりこたつが普段よりも霊圧を高めていた。彼女は変わらず私の腕を食み続けている。食いちぎるつもり……でもなく、戯れやじゃれつきの類のようだった。犬が夢中になって、古いタオルやお気に入りのぬいぐるみを振り回すのに似ていた。
わたしはペットにそうするように、彼女の頭や耳の後ろやあごや頬を撫でてやる。彼女の性質としてふにゃふにゃにはならなかったけれど、雰囲気的に機嫌がよくなった、気がした。そのうちに彼女はわたしの腕を放し、今度は左手の人差し指を食んだ。
第一関節をなぞる舌先の感触がくすぐったい。歯の感触はやわらかく、ほどよく優しい。人差し指を口の奥まで飲み込み、側面や腹になめらかな舌の裏が絡まる。指先が頬の内側を触る。彼女のやわらかな頬が、中にあるわたしの指のせいで歪にふくらむ。かわいらしくていかがわしい。気のせい。上目遣いにわたしを見る。その目が細まり、いたずらっぽくなる。唾液が彼女の口の端を濡らし、垂れようかどうかと迷っていた。
鼻歌でも歌いそうな雰囲気のまま、彼女は歯を立てる。わたしの指に。少し強く。きりりと噛みしめてから、首を傾けて、パキンと折った。飴のように。わたしの指を。飴のように口の中で転がして、飴のようにガリンと噛んだ。がりがりぴちゃぴちゃと噛み舐めて食べてから、またわたしの指を舌先で舐めた。なくなった人差し指の隣。中指を。
「おいしい?」
「……あまい」
「飴みたいに?」
「パイン飴」
甘酸っぱいらしい。わたしは右手を伸ばし、彼女の腕のない腕のつけ根をそろりと触る。彼女の身体がぴくりと震える。吐息。僅かに艶っぽい。縫い合わせた傷跡。薄い皮膚越しの骨の感触。てのひらで腕のつけ根を包む。その下にある腋がかわいい。
いつものようにそろそろ撫でていくと、途中で小さな突起を見つけた。指先のような。爪のような硬い感触もあった。いつもとは違うその感触に、わたしは軽く首を傾ける。
彼女がまた小さな吐息を漏らし、わたしの中指を食む。わたしはふいっと部屋の隅に目をやった。彼女の腕は変わらずそこに重なっていた。食べたり食べられたりしたら生えてくるのだろうか。わたしの手が、腕が、彼女のものになるのだろうか。
そのときめくような、ざわめくような想像が現実になるかわからないまま、わたしの指は彼女の腕のない腕のつけ根を這い、彼女の舌はわたしの指をもてあそぶ。
また軽く歯を立てる。