見出し画像

【読書】江戸川乱歩「孤島の鬼」

若くして頭髪がすべて白髪になった男が、その原因となった恐怖体験を明かす。

タイプライターを打っている同僚へほのかな恋心を抱いたら、最終的には人体改造マニアの狂気の一族が待つ孤島へ宝探しをしに行くという、ファミコン「たけしの挑戦状」のあらすじみたいな飛躍のしかたで、次から次へと興味をそそる事柄が出てくる。
退屈な場面は「ここを長々と語っても読者には退屈であろう」でカット。
ラブロマンス、密室殺人、BL、怪奇趣味、名探偵、暗号解読、宝探し。「どうだ、これなら退屈しないだろ、これは次が読みたいだろう」とばかりに要素を盛りまくり!

乱歩作品はよく屋根裏に隠れるシーンが出てくるから、密室殺人が出てきたときは
「屋根裏パターン出た! 前にもあったぞ、無理のある犯行を、大胆なやり方ほど意外に盲点なのでばれなかった、で通すパターン!」
と思ったけど、今回はすぐに警察が屋根裏のホコリを調べて、犯人はそこにいなかったことがわかる。これは作者のファンの思考に先回りしたいい仕事。

コンビふたりのひねくれた関係

語り手のほかの登場人物は、交際していた女性の初代(はつよ)さん、
語り手に報われない恋をする同性愛者「諸戸」くん。3者を軸に話はすすむ。

主人公が初代さんと交際していることを知ると、ミステリアスな美貌の諸戸くんが、女性の初代さんに求婚してまでして二人の関係を裂こうとする。
屈折した三角関係のすえに初代さんは死体となって発見されるのだ。
つまり諸戸は有力な容疑者だ。

だが問い詰めると、諸戸は犯行を否定し、自らの欲望成就のために他人を巻き込むような、見下げ果てた人間でないことを証明するために主人公と組んで捜査を始める
一度は恋愛感情を否定された男が、好きな男のかつての恋人の仇をうつために命を賭ける。諸戸は自分が嫌悪感をもたれていることを知りながら、人の尊厳を守るために捜査をする。もちろん、片思いの主人公とふたりでいられる口実にもなる。

この関係だけで、相当おもしろい!

犠牲になった初代さんが残したメッセージから、タイトルにもある島の景色が浮かび上がってくる。体に障害がある人を集めているのか、人体を作り変える研究をしているのか、とにかく今では絶対書かない設定の島が浮かび上がってくる。

このへんで大の大人が普通に怖くなっている。
ぼくの恐怖の琴線に触れているからだ。
人をさらって殺してしまう悪者よりも、人で実験してしまう悪者が苦手だ。(まだこの時は島の正体がわからない状態だけど)
仮面ライダーの敵も、トイストーリーも、オモチャを粗末にするよりグロテスクに改造するやつのほうが歪んでる。

人は身体に心が入っていて、まぶたが一重か二重か、ほとんど使わない指先があるか欠けたかだけでもすごく気になるし、ちょっと顔に傷跡があるだけで気持ちが病んでしまうこともある。

なのに、他人を押さえつけて虫に改造するとか、腕や顔を変えてその後も生きさせる手術をする。そのことで苦悩する人間の心をもてあそぶ。それが人殺しよりもずっと理解できない。だから怖い。

主人公と諸戸は孤島に乗り込む。そして冒頭にあるとおり、頭髪がすべて真っ白になってしまうような経験をするのだ。
ポリコレと無縁の乱歩作品には、見世物にされた小人とか、戦争で手足を失った人とか、醜いあまり異性へ気持ちを伝えられない人とか、少数派というか異形というか、なかなかな人がなかなかの描き方で登場する。
今では使えない言葉もふつうに出てくるから、いっけん嫌悪であふれているようだけど、覗き趣味なんかは絶対作者本人もやりたくてたまらないように見える。乱歩先生は異形たちに共感しつつ彼らの人生を弄ぶ。一番恐ろしいのは作家なのかもしれない。

横溝正史も島で事件を起こした。日本の近海に外と断絶した「謎の孤島」があるという設定にリアリティを抱ける時代。

いいなと思ったら応援しよう!

南ミツヒロ
読んでくれてありがとうございます。 これを書いている2020年6月13日の南光裕からお礼を言います。