ゲームは「監督の過去作を振り返る楽しみ方」みたいなのがやりづらい!
マッドマックスのジョージ・ミラーは「ベイブ」も手掛けている。
一見全く違うけど、じつは飼いならされた状況からの逃走というテーマは一貫している…!みたいな、系譜を追っていく感じの評論をゲームでもやりたい!!
映画でも文学でも、単品で見ると印象に残らなかったものが、関連作を見ると深くわかったりする。なのに、ゲームは過去作のオマージュ入れまくってるのに元作品が遊べないことが多い。
アーカイブでたとえば初代プレイステーションのポリゴンを見ても、
スーパーファミコンから最先端のメディアに5800円払ってブラウン管テレビで見るのと、2020年以降のオンライン機能と3DCGバリバリに浴びて「むしろ個人のドット絵職人だってすごい」と感じる人が見るのとでは、別ものになる。
価値と厚みのあるゲームレビューを書こうと思ったら、単品で遊んでいるだけではわかりようのない背景まで軽くおさらいできると、より価値のある書き手になれるのかな、と思ったよ。
ただ、それはすぐにノスタル爺さんの昔語りに化ける。
APEXで叫んでる中学生に「FPSというものはこういった歴史があってだね・・・」とか言うのもアレだし、なぜか若いゲーム好きが使う「RPGゲーム」という超ムズムズするジャンル名にも一言モノ申したくなるけど、説教くさくしたくない。
説教臭い語り手になるな、と自戒して背中に彫っとこうか。
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読んでくれてありがとうございます。
これを書いている2020年6月13日の南光裕からお礼を言います。