『風と金木犀』を読んで ~サイレンススズカとエアグルーヴについて~
C101で頒布された鷹月ナト先生(Twitter)主催のスズグル合同アンソロジー『風と金木犀』について、感想など話していきます。
どんな本なの?
~まだ買ってない人へ~
初めにまだ買ってない人向け、買うか悩んでる人向けのお話から。参加された絵師様はこんな感じ。(名前のリンクからTwitterに飛びます)(敬称略、順不同)
で、結論から言うと、買いです。いやまあ買わずだったらnoteなんか書いてないんだけど。(ご購入はこちら)
迷ってるくらいなら売り切れる前に早く買っておくと良いと思います。単純に参加者がめっちゃ豪華だし、それなりに分厚い。皆様、とても丁寧にサイレンススズカとエアグルーヴを受け止め、解釈していて、素敵な仕上がりになっています。
自分が買う前に気にしてたのは「どれくらい百合なんだろう?」ってところなんですけど、個人的にはかなりライトな印象でした。というか、読み手次第でどうとでも解釈できる範囲だと思います。ありがとう、解釈の余地を残してくれて。逆に、スイートなのを求めている方はあんまりかも。
サイレンススズカとは、エアグルーヴとは
(ネタバレなし)
全体としてなんとなく共通したサイレンススズカ観、エアグルーヴ観があるように思いました。スズカは走ることが大好きで、走ることで周りが見えなくなる節がある。そんなスズカに手を焼くも、スズカが走る姿が好きなエアグルーヴ。
スズカの考えが走るというシンプルな1点なのに対し、エアグルーヴが色々と考えているのも感じ取れます。今回は主テーマでないからあまり描かれていないだけで、エアグルーヴは他にも生徒会や後輩の指導などもしてますしね。詳しくは言いませんが、エアグルーヴのモノローグが多かった気がする。
そもそもそのようにデザインされたからなのか、デザインされた結果として副次的に生まれたものなのかわかりませんが、2人の関係性は脚質とも似ている気がします。
先頭の景色だけを見続けるスズカと、そんな彼女の後姿や足跡、彼女を通した先頭の先の景色などいろいろなものを見るエアグルーヴ。
くわえて、スズカは生き物として神秘性を持っているように感じます。アニメやストーリーでも、傍から見る人々にとってはいい意味でも悪い意味でも理解されない場面が多い気がする。ずっと走ってるとことか、圧倒的な逃げとか。
それにはモチーフ元のサイレンススズカ号が関係しているんじゃないかと。競争といった「誰より早くゴールした者が勝ち」というゲームにおいて、始めから終わりまでずっと1位なら絶対に勝ちじゃね?という理想論がありますが、競馬においてそれに最も近づいたのがサイレンススズカ号でした。(俺が思ってるだけかもしれん)
しかし、サイレンススズカ号は秋の天皇賞で故障発生、安楽死処分となってしまいました。原因については不明ですが、スピードが骨の限界を超えてしまったのではないかという説があります。
もしそうだとすると、サイレンススズカ号は生物としての限界を一瞬だけでも超えたのではないか。
ウマ娘のスズカはこのあたりもモチーフになっている気がします。生物の限界を超える可能性をもつ者。メインストーリー5章にこういった背景があると解釈できるかも。
でもスズカだってずっと走っているわけではないし、つまりは先頭の景色を見続けているわけではない。そんなときに彼女が見つめるのが、自分が見た景色を共有したいのがエアグルーヴ、そういうアンソロジーです。
なんでって言われましても、そりゃあスズグルの企画だから…そういう解釈の集まりだから…
アニメ1期や、アプリのメインストーリー5章で、2人の絡みや関係性に何かを感じ取った方はぜひ手に取ってみてください。
(ここから買えます)
ここから内容について具体的に話していきますので、ネタバレが入ります。未読の方はご注意ください。画像を1枚はさんでおきます。
中身についての感想
(ネタバレあり)
(モノクロページは省略させていただきます 言葉では伝えられないので)
・雪に融ける
おもろ…
そんで良ッ…
ナト先生は以前もスズカ(UMA)とエアグルーヴの本を描いてましたけど、バランスがすごく読みやすい。ずっと静謐なわけでなく、しっかりスズカがアホ面するし、エアグルーヴの形相は鬼になる。チョイ役として他キャラを出してくれるのも嬉しい。地味に理事長の顔もすごいんだよな…ポパイ?(本当にそんなことなかった)
あと美。油断すると両者の美に圧倒される。そもそも絵が上手すぎる…今更だけど。表紙も素晴らしい美しさで、手元にあるそれを眺めると買うか迷っていたことが不思議で仕方ない。絵は写真の下位互換であるか?という問いは時々見かけますが、私はこれを証拠にNOと言います。
・彼女たちの未来?
もはや定番となっている坂崎ふれでぃ先生による史実解説シリーズですが、ここでも健在です。ためになるなぁ。
こんだけネタがあるモチーフ元の2頭もすごいけど、それを探してくるふれでぃ先生もすごい。いやマジで…参考文献を探してくるのって思ったより難しいのよ…そんで史実でもスズグルだったんかい。すごいぞスズグル。
そしてもちろん、数ある史実ネタをストーリーに織り込み、最後も史実ネタで締めるストーリー構成力にも注目です。最後まで史実ネタたっぷり。まるでトッポだね。
まるでトッポだねッ!!!!!!!!!
・触れ合う
~「スズグルと尻尾、何も起こらないわけがなく……」byるべ先生~
あとがきより引用させていただきました。いい日本語ですね。声に出して読みましょう、せーの。
冗談はさておいて、ほんとにいいのよ。尻尾ケアに気を遣うエアグルーヴと、おざなりにしちゃうスズカ。実際スズカがどうかは知りませんがエアグルーヴは気を使ってますよね。尻尾ケアに関する育成イベントもあるくらいです。
で、エアグルーヴの尻尾を触って、悪びれもせず「あなたの尻尾、思わず触りたくなるもの」と言ってのけるスズカ。ここマジでジゴロ。ジゴロすぎる、最高。声を大きくしておきます。ジゴロ。
あと、この構図ってかなりスズグルそのものに近い気がしました。努力を重ねて頂点に至らんとするエアグルーヴと、そこから才能だけで逃げ切るスズカ。マジで一生エアグルーヴはスズカを追い続け、いずれ差し切ってくれ、何度追いつかれてもスズカはエアグルーヴの前を走ってくれ。
・ねるだけのはなし トレセン卒業後の2人
アッ!
すごいッ!
この2人、卒業後に同棲してます!!!
偉いわ、もう…
冗談は置いといて、めちゃくちゃに良いです。いい意味で他と違うテイストに仕上がっています。まあ大人になってるし、同棲してるし、私服(非公式)着てるし。私服の捏造が苦手な人もいるだろうけど、まあ無理に好きになる必要はないと思う。
でも「どうしても無理!」ってならないなら読んでほしいな。別に何か…意義的なものとか、提言みたいなものはないけど、ただただ素敵な景色みたいな。飛行機の窓から外を見て心が洗われちゃうぜみたいな。
それにしても、エアグルーヴの耳がいちご大福に似てるのってマジで世紀の大発見だと思う。すごい、それにしか見えなくなっちゃった。それはさておき、いちご大福が本当に美味しそう。それだけでなく、その後にあるローズマリーのクッキーも。
というか、湯煎先生が描く食べ物は全部が美味しそうなんですよね。角煮とか描いてほしいな、フルカラーで。冗談はさておき、あ~あ、やわらか湯煎先生がおススメのスイーツを紹介する本がどこかにあったらな~!
おふざけが過ぎました。
先にも言った通り、他とは違った仕上がりになっている本作、ここでしか味わえない雰囲気がある。シチュエーションとか、ちょっと口数の多いスズカとか、いろんなものがあってのことなんだろうけど。冬の朝、澄んだ空気と昇る朝日を思わせる気持ちの良い読後感が味わえました。
と思ったらおまけの描き散らし。ア好き~。ストレスが減っていく感じがする。こういうの好きだな、ってなった方はぜひ、こちらもチェック。
あと、本編後のわからなかった人向けの解説、(わからなかったわけではないけど)ありがたかったです。noteなり小説なり書く際にあのフォーマットは参考にさせていただこうかな。
・共犯
王道!
朝のランニングで景色に夢中になり、遅刻するスズカと、それを生徒会としての立場から叱るエアグルーヴ。こんなの、なんぼあってもいいですからね…
最も印象的だったのは、走るスズカの楽しそうな表情です。どうしてもアプリでは(プログラム上の問題だと思いますが)走ってる途中の表情は均一で個人差がないものなので、スズカがどんな表情で走るのかは個人の解釈にゆだねられますが、そのうえであの表情を描いてくださって、本当にありがとうございます。
ところで、この作品は<触れ合う>と似た印象を抱きました。どこまでもまっすぐ、ストレートなスズカと、そのために気を揉むエアグルーヴ。あとスズカがジゴロ。
さっきからジゴロジゴロってふざけてますけど、実際にサイレンススズカの「惹きつける魅力」はよく描写されますよね。圧倒的な実力へのあこがれの対象としてだったり、走る姿に美しさだったり。メインストーリーでエアグルーヴが大変楽しそうだったのを覚えています。
・風と金木犀
ナト先生の2本目。そして本誌とタイトルを共有する作品。とすれば、ラストを飾るものとしての役割があると思います。つまり、気合が入っている。
ところで、先述の通りモチーフ元競走馬のサイレンススズカ号は天皇賞秋にて左前脚の骨折から予後不良になってしまいました。その点に関して、ウマ娘では様々なストーリーがありますが、どれも共通して「乗り越える」というシナリオになっています。アニメではレースへの復帰、育成ストーリーでは違和感はあったものの怪我無く駆け抜け、メインストーリーでは紡がれた思いに導かれるように。
そういった、『運命からの脱却』がこの話のメインテーマなんだと思います。おそらくアニメをベースにしつつ、エアグルーヴとスズカ、それぞれの走りたいという思いを描いたものだと思いました。
その思いが「お前はまだ走れると私は信じている」、このセリフにすべて詰まっているんじゃないかと。2022年の天皇賞秋、パンサラッサの激走にサイレンススズカのifを見出した方は少なくないと思いますが、ウマ娘ではそのifを叶えてくれます。改めて、良いコンテンツだ。
あと、馬の骨格のダイナミックさがすごい。さすが鷹月ナトと言わざるを得ない。こうなってるんですね、馬って…
風と金木犀、このタイトルについては各自で調べていただきたく思います。あの衝撃は自分で味わってほしいので。
最後に
スズグルってこんなに『良い』んだ…と、この同人誌を買って初めて気が付きました。どうもありがとうございます。
ただ、それでも個人的に、スズカは誰のモノにもならない気がするし、エアグルーヴはスズカだけを見るわけではない。ただ、それでいいんだと思います。
先頭の景色を一人探し求めるものと、後に続く道を示し続けるもの。そんなある意味で対照的な2人にとって、ちょっとだけ特別な存在。それがスズグルなんじゃないかなと、そんな思いで読み終えました。
なんにせよ、2人にはターフがよく似合う。