スマホとビンタ
オフィス。コーヒーブレイク。
マリコ部長、スマホで小説を読んでいる。
みつき(以下み)「なに読んでいるんですか」
マリコ部長(以下マ)「ん? 青空文庫。岡本かの子の『越年』(1939)。年の暮れ、終業時間。男性社員からいきなり平手打ちされて憤慨するOLのお話。そのまま会社を辞めてしまった彼を探し回るの」
み「おもしろそうですね。なんでビンタされちゃうのかしら」
み「それは読んでのお楽しみ」
み「あれ? 部長、スマホ新しくなってません?」
マ「わかった?」
み「前のは、ちっちゃくてかわいいアイフォンでしたよね」
マ「うん。(小声で)白昼のオフィスで同期男子に往復ビンタ食らわせた女丈夫が登場よ(注)」
みつきの後輩でマリコ部長の部下、エイコがやってきた。
エイコ(以下エ)「ちっちゃくてかわいい? みつき先輩の彼氏さんのお持ち物のことですか? ぷぷぷ」
み「違う!」
マ「私の前のアイフォンのことよ」
エ「なんだ。部長のって確かアイフォンSEの初代(2016年発売)でしたよね。最近、バッテリーの持ちが良くない、ってぼやいてましたね」
マ「LINEしてると突然電源が落ちる、ツイッター見てると残量がどんどん減る、本体が異様に熱くなる。で、バッテリー交換しようとアイフォン修理屋さんに行ったのね」
二人「はい」
マ「店員さんに、バッテリー容量80%なんですけど替え時ですかって尋ねたら、『まだ大丈夫なはず。古い機種だからOS、アプリのアップデートにハードの性能が追いついていない可能性があります。バッテリー変えても今の挙動は変わらないと思います』ですって」
エ「それで、買い替えた」
マ「うん。でも中古よ」
二人「中古?」
マ「そ。ショップに行ったら最新機種、15万円を大きく超えてるじゃない。同じSEの第3世代(2022年発売)だって7万円近いのよ」
み「円安ですからね」
マ「1ドル140円超なんてね。だから中古にした。携帯キャリアからメールで中古機種の案内がちょくちょく来るの。いつもは即削除しちゃうんだけど、読んでみたらSE第2世代(2020年発売)がなんと9800円!」
エ「安ーい!」
BS放送のCMに出てくる演歌歌手みたいに身をくねらせている。エイコ、この前もやってたけど、影響されやすい女だな、まったく。
エ 「でも、人が使ったやつでしょ」
マ「うん。私はヘビーユーザーじゃないしね。試しに一度買ってみよう、ペケな奴に当たったとしても、ま、いいかって注文してみた」
み「それが、これですね」
みつき、マリコ部長からアイフォンを受け取る。エイコが顔を寄せる。
エ「きれいですね。傷もない」
マ「バッテリー容量は83%だった。バッテリー残量の推移も乱高下してたのが、なだらかな下降線になった。充電も昼夜2回だったのが二日に1回で済む。使い心地も文句なし」
み「中古はアリですね」
マ「ただ……」
二人「ただ?」
マ「表面が滑るの。リビングのフローリングに落としてヒヤリとした。それにイヤホンの穴がない! これには困った。スマホケースは買う予定だけど、ワイヤレスイヤホンって種類ありすぎだし、価格もピンキリだし。アップル純正は高いしで迷ってる」
み「あ、私の前の機種がやっぱり穴がなくて、変換アダプタを買ってつなげてました。もう使ってないから、今度持ってきます」
マ「ほんと? 助かるー。ありがとう」
エ「あー、上司に取り入ってるー、いい子ぶりっこしてるー」
み「まああ。なんてこと言うの!」
エ「冗談ですわよー。おーほっほ」
み「そうか、わかった」
エ「?」
み「あんたみたいな性格の人が、きっとビンタされるんだわ」
エ「??」
マ「かもね。ま、『越年』はビンタされる理由が全然ちがうんだけど。お正月休みにでも読んでみたら」
み「はい」
エ「???」
【注】エイコが同期男子に往復ビンタを食らわす話は、タニグマー小説集1 「転職」「物価高」をどうぞ
転職
https://note.com/minamihanashima/n/ndc218f7b4631
物価高
https://note.com/minamihanashima/n/nb1bdd60e2fe2
※参考:
岡本かの子「越年」(青空文庫)
https://www.aozora.gr.jp/cards/000076/files/50617_38175.html
東京新聞(2023年10月25日付)「中古スマホ販売台数 23年度過去最高」