モーリス・ドニは確信犯だった

今日、テレビでマネの遺作「ホリーベルジュールのバー」を解説するテレビ番組を見ていた。

https://blog.goo.ne.jp/maru-a-gogo/e/9facec8803d68e6247d92724981add85

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%BB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%81%AE%E3%83%90%E3%83%BC

番組の中で、この絵の構図について科学的に解き明かしていきます。
この作品は発表当時から、「構図の不可能性を指摘し、マネは遠近法を知らない」、と非難されてきました。
ウキペディアニよればこの問題は2000年に行われた実験により一応決着がついたとされています。
http://www.getty.edu/art/exhibitions/manet_bar/looking_glass.html
今回の番組はこの決着に異論を唱えています。
その根拠は、新たに行われたこの絵画のX腺写真鑑定です。
X腺写真により、デッサンの跡が見つかり、マネが鏡に映ったバーテンダー位置を何度も書きなおしている事が分かったのです。
番組は「3つの視点からの映像を1つの絵画の中に描いている」と言っています。
それは、マネの思想と社会的背景によるもので決して偶然ではない、ということを丁寧に説明しています。
画家は、絵画の歴史の中で、「写真のように描く」事から、現実の写真の出現により「それを越える表現」の必要性に迫られる。
その時、彼らは日本の「洛中洛外図」のような、多数の視点(時間軸も含め)を1つの平面に収めた絵画を見たかもしれません。
この多数の視点からの映像を一つの2次元平面に入れるという、写真には実行不可能な事が後のピカソなどのキュビスム(Cubism立体派)に繋がっているのではと思います。
でもって、前回の私のモーリス・ドネの「内なる光」に関するコメントにはここの部分の考察が欠けていた、という反省の弁。